2011/03/31

現代の「強制性」【東日本大震災 3】東電下請け企業のケース




東電の協力会社社員の中には、福島第一原発に仕事を求め、避難先から職場に戻ろうとしている人たちがいる。福島県内の避難所ににとどまっている30代男性は3月中旬、東電の孫請けの仕事をしている勤務先の社長から電話がかかってきた。

「今から戻って仕事ができるか」。原発で、がれきの撤去や電気が復旧するためのケーブル敷設の作業ができないかという問い合わせだった。

...次の要請があったら、生活を考えて応じようと思っている。「日本の電力をになってきた」自負もある。給料は日給制で、1日1万数千円。男性は話す。「俺らは東電から仕事を受注した元請け企業から仕事をもらう立場。今回の状況で『あいつらは来なかった』と思われたら、その後の仕事はどうなると思う?」

...浪江町に自宅がある男性は、避難した家族の行き先もほぼ決まったため、仕事に戻ることを決めた。「365日、東電から仕事をもらってきた。次の仕事をもらうためには、被爆するかもしれない制限区域での仕事でも、行かなければならない」...東電の孫請け会社に勤める、40代男性は、避難所で会社からの呼び出しを待つ。「ここは原発以外に働くところがないから」

朝日新聞2011.3.29 3面

海外のメディアには"Suicide Squad (特攻隊)"という表題をつけたものもあった。msnnews3月18日

追記: 東京新聞 「日当40万円出すから」 原発作業員 確保に躍起

地震支援のハルモニ、竹島教科書記載に再び怒り



「良心的」政党として韓国から期待された民主党の政権でも、この問題で韓国側の言い分を受け入れる様子はなさそうだ。先週は震災犠牲者の為の追悼集会に切り替えた水曜集会であったが、今週、日本糾弾集会として復活。ギネス記録も順調に更新中。今年中に1000回を超える。

挺対協VANKの関係者も日本の「歴史教科書歪曲」に非難の声を上げている。

判断力の未熟な学生に意図的反応を誘導するのは宜しくない、という批判に苦笑を禁じえない日本人も少なくないだろう。

地震支援に出た慰安婦ハルモニ再び怒り

日本の文部科学省が30日「竹島は日本の領土」という内容を強化する方向の中学校社会教科書検定結果を発表し、各界でこれを非難する声が大きくなっている。

サイバー外交使節団VANKはこの日「日本政府が竹島を日本の領土で教育するのは韓国を侵略し、アジアの人々に犯した帝国主義侵略歴史を否定すること」とし、「日本の右翼の精神を入れた歴史教科書が育つ日本人の学生たちに普及すれば韓国に対する憎しみが広がることになるだろう」と話した。

VANKのパク・ギテ団長は「内容が変わることでもないが、地震が起きたからといって(教科書検定発表を)延期するのもオカシイこと」という文部省の官僚の発言を取り上げ、「慰安婦ハルモニたち、ソロクドハンセン人(?)まで地震被害者を助ける国に対してこういう話をできるのか」としながら「隣国に対する最小限の礼儀を守るように願う」と話した。

韓国広報専門家のソ・ギョンドク、誠信(ソンシン)女子大教授もこの日「日本が独島が日本土地という内容を教科書に入れるのは独島を国際紛争地域化して司法裁判所に引っ張り出すためのものとか戦略にまきこまれてはいけない」として「独島は地理的、歴史的、国際法的に私たちの土地であるから主張より文化観光的側面でアプローチし、世界の世論を喚起させなければならない」と話した。 「独島守護」歌手キム・ジャンフンは、「変わらない日本政府に反論するか、動揺せずに、独島を、世界のあちこちに発表される事を積極的にしていく」と明かした。

教育界も似た反応だ。 ソウルのハナ高等学校キム・ジンソン校長は「教科書は長い間を通じて検証されて異論がない内容をのせるべきなのに、日本文部省は事実を正確に伝えていない」としながら「まだ判断を正確にできない学生たちに『意図的反応』を誘導するのは道徳的に正しくない」と話した。

中学校国語教師パク・ユミン氏も「日本政府は愛国教育の一環だと主張するが、これは結局わい曲教育」としながら「日本政府の野心により、中立的でなければならない教育過程が揺れるのも問題」と話した。

日本の地震被害者などのために寄付まで集めた日本軍慰安婦ハルモニたちは背信感が大きかった。 慰安婦被害女性たちの人権回復活動を行っている韓国挺身隊問題対策協議会(挺隊協)関係者はこの日「日本政府は独島領有権主張だけでなく、慰安婦問題をはじめとして日本政府の戦争犯罪を削除して美化している」として「両国の不信と葛藤を一層助長する状況の前で怒りを禁じえない」と明かした。

チョン・テヒョプは日本地震発生五日目である16日、19年間一度も断続なく受け続けてきた水曜集会を追慕集会に変えた。 「在日同胞、日本市民全部がんばってください!」というプラカードも登場した。 当時キル・ウォンオク・ハルモニ(84)は日本が憎くもないのかという質問に「この世と変えるとしても私の傷はなくならない。 罪は憎くても人は憎くない」と答えた。

朝鮮日報 2011.3.30

2011/03/30

髄まで利用される土肥隆一【朝鮮日報寄稿者のすり替え】



2ちゃんねるでは相変わらず反日だの在日といったレッテル貼りが後を絶たないようだが、土肥隆一にそんな積りは皆無だろう。進歩派議員に多い自虐史観タイプとも違うような気がする。彼は彼なりに悩んだのだろう。自分が利用されているという意識もあったかもしれない。

しかし、こういうお人好しタイプの日本の政治家が中韓の反日運動家に骨の髄まで利用されているのが現実なのである。言ってもいないことまで書かれて・・・。

土肥隆一のインタビューの原文は次の通り: 「交番に韓国人、朝鮮人の警官がいて、韓国人の泥棒を捕まえては罰しているという姿をみるにつけ、学校は全部、日本語だから、当然のように日本語を使って、同じ1年生の子供がついうっかり朝鮮語を話すと、朝鮮人の先生がその子をぶんなぐる光景もみてきた」(産経新聞2011.3.10)。

土肥は「日本の先生と子供たち」が朝鮮人の学生を殴っていたなどとは言っていない。朝鮮日報のこの寄稿者が話をすり替えているのである。このようにして、韓国の読者たちは騙されるのである。


私たちは日本の地震と津波惨事の便りに痛みを感じて哀悼を表わす。ところで地震惨事以前にも胸が痛い事件があった。民主党の土肥隆一議員に対する日本右翼の大攻撃だった。土肥議員は衆議院議員7選、前外務委員長、倫理委員長を歴任した。その上、民主党の菅直人系統の幹事長であり牧師だ。彼は毎年3・1節(独立運動記念日)と8・15光復節(解放記念日)になると訪韓して日帝侵略を謝罪した日本の代表的知性であり、良心だ。

今回も彼が新エデン教会で開かれた92周年3・1節記念礼拝に韓日キリスト議員連盟の日本側代表として参加し、過去の日本の蛮行を謝罪して独島(トクト)の韓国領有権の主張の入った韓日共同宣言文を朗読してサインまでした。このニュースが日本に伝えられるとすぐに大きな波紋が起きた。彼は日本の空港に到着して記者たちの前でも堂々と所信を明らかにした。「私は朝鮮総督府の幹部の息子として東大門小学校に通った時に日本の先生と子供たちが日本語を使わない朝鮮の学生たちを殴打したのを記憶している。これは日本の羞恥だと考える。韓国の人の立場で見れば独島の領有権主張も理解される。これがキリスト教徒としての私の所信だ。」

土肥議員は2009年にも新エデン教会で韓服を着て頭を下げて日本の植民支配を謝罪したことがある。なぜそうしたのだろうか。最初に、彼は篤いキリスト教信仰人であるためだ。彼が一般の政治家だったら適当に大勢に妥協して生きただろう。しかし彼はキリスト教の歴史観に立って日本の誤りと罪を公式に悔い改めて認めた。二番目は絶え間ない民間外交の努力のためだ。筆者は韓日キリスト員連盟の指導牧師として与党の黄祐呂(ファン・ウヨ)議員と野党の金泳鎮(キム・ヨンジン)議員と共に民間外交の働きを持続的にしてきた。そして毎年新エデン教会で土肥議員と他の一部議員を招請して3・1節、8・15光復節の記念礼拝を捧げてきた。そして韓日間の真の和解と発展のために歴史の痛みを共に共有して愛して仕える交流をしてきた。

土肥議員は党職を辞退したが、今年韓国で開かれる8・15記念礼拝の時も参加するという。彼の信仰と所信は揺れることがないようだ。

朝鮮日報2011.3.28
2ch:ピアノを弾く大酋長φ

2011/03/29

慰安所は民族性抹殺政策?医学専門サイトまで広がる常識



すっかり国際的に有名になった日本軍の慰安所システム。医学専門サイトでも、ナチスのユダヤ人収容所や、アメリカの奴隷制と同列に扱われている。このまま医学用語になる日も近いか?

「レイプや性的搾取は、ある集団の士気を挫く為に利用されてきた。ナチスドイツの収容所、北米行きの奴隷船、そして『慰安婦』で一杯にされた第二次大戦中の日本の娼館などである」

少し補足が必要かもしれない。挺対協など韓国の慰安婦支援団体は、慰安所を日本政府による朝鮮民族抹殺政策であるとして国連に訴えていた。吉見義明もまた、民族抹殺とまではいかないまでも「民族性抹殺政策」であったと主張している。

医学専門であるこのサイトの認識も、そういったキャンペーンの影響下にあるものと推測される。改めて、世界では慰安婦問題はこのように認識されているのである。コンゴやユーゴの集団レイプのように、他民族を屈服させる為に日本政府主導で行われた「兵器としてのレイプ」の一例が日本軍の慰安所システムだったと思い込んでいる外国人は少なくない。


What is the history of domestic violence?

Domestic violence or violence that is expressed using intimate acts is unfortunately as timeless as history. Rape and other sexual exploitation have been used to demoralize groups of people as in German concentration camps, on North America-bound slave ships, and in World War II Japanese brothels filled with "comfort women."

2011/03/28

ヴァギナ・モノローグスin昌原「日本軍が韓国女性にいかに残虐であったか」




ヴァギナ・モノローグスについてwikipediaの助けを借りて解説するならば、「アメリカのイヴ・エンスラーによって構成された一連の脚本、およびそれに基づく芝居の表題」「200人を超える女性達へのインタビューに基づいた作品で、1996年にニューヨークのオフ・ブロードウェイで上演されて以来、世界60ヶ国で感動を生んでいる。大物女優のグレン・クローズやメリル・ストリープも舞台を飾った」ということになる。

2006年に発売された「バックラッシュ!~なぜジェンダーフリーは叩かれたのか~」(双風舎)のキャンペーンブログでヴァギナ・モノローグに対する冷めた分析が読める。参考になれば。

慰安婦問題がヴァギナ・モノローグに取り上げられるようになったのは、2007年のアメリカの下院決議騒動の一年前である。YouTubeにも幾つか動画がUpされている。今回は韓国の女子大生たちがこの「独白」に挑戦した。

300人の外国人と100人の韓国人観客は、朝鮮人女性の被害の実態を知って静まり返り、日本政府に賠償を求める慰安婦の子孫たち(韓国の若者たち)の努力に感銘を受けたかのように拍手した、と記者は伝えている。

機械翻訳で正確なニュアンスは読み取れないが、父親の身の安全や命と引換えに慰安婦に徴発されたというイメージだろうか?


慰安婦女性たちに申し訳ないと話します

私たちの話はただ私たちの胸中だけで存在します。 私たちの荒れはてた魂中で、戦争の時間と空間の中で、そして空に存在します。 どんな記録の跡もなくて公式に書物に紹介されたこともなく、ただ意識の中でただこの話中で…「26日午後4時. 慶南昌原市、龍湖洞(ヨンホドン)、慶南女性能力開発センターで開かれた2011昌原ヴァギナ・モノローグ・イベント会場。

昌原大学校学生10人余りは日本軍の韓国女性に関する暴力の実態を知らせて慰安婦被害ハルモニに対する日本側の公式的な謝罪を要求した。

「私たちが約束されたのは、私が彼らと一緒に行くならばお父さんを生かすことができると、勤め口を見つけることができると、自分の国を救うことが出来るということだった。 私たちが見たものは山でもなくて木でもなくて水でもなくて単に黄砂、砂漠だった。私が行かないならば彼らが私を殺すのだと、そこがより良いと。「ヴァギナ・モノローグはタブーとなってしまった女性のセクシュアリティーに関するお話を率直でよどみなく広げてみせ、女性の改革を追求する社会運動の一環だ。

性に対して隠してきた話を気がせいせいするように打ち明けて性暴行と戦争、男性暴力、抑圧と差別に対する問題を濾過することなしに表わし、胸が痛い傷とウィットあふれる話で女性性の本質と女性に対する痛みを吐露する全世界的の行事だ。

2011昌原ヴァギナ・モノローグのイベント会場には昌原に居住する外国人300人余りと韓国人100人余りで盛況した。

世界各国から集まった参席者たちはこの日行事を通じて自分たちが、または、友人が、でなければ誰かを通じて間接的に経験することになった女性たちの多様な被害事例を演劇で見ることになった。

この席で昌原大学校国際関係学と学生たちは第二次世界大戦当時日本軍が韓国の女性たちを対象にどれくらい残忍な蛮行を犯したのかを表現した。

「涙でぎっしり埋まった倉庫、おびえた数千人の少女ら、私の意志と関係なくテンギ(髪飾り)頭は切られて下着を着る時間もなかった。(A warehouse full of tears. Thousands of worried girls. My braid cut against my will. No time to wear panties.)」不明瞭だった場内が静かだった。 出入り口を出入りした人々も位置に立って学生たちの話に耳を傾けた。 数百人の目が10人余りの学生たちに集まった。

「私たちが強制されたのは名前を変えること。 簡単に脱げるようにボタン一つワンピース一着だけ着ること。 一日に日本軍の50人、時にはあまりにも多くの彼ら、野蛮なおかしな男のそれ、私たちが生理をする時もさらに初潮を始める前にも彼らはそのことをしたよ。 あまりにも多かったよ。 一部は彼らの服も脱がないままそのまま自分たちの性器だけ取り出したままあまりにも多くの男たちが。 私は歩くことはできなかったよ。 足を伸ばすこともできなかったよ。 体を曲げることもできなかったよ。 何も出来なかったよ」。

「彼らが私たちにうんざりするようにしたこのは、罵ること。 叩き、 捻ること。 血の涙が出るように叩き、私たちが見たものはお手洗いで化学薬品飲んで死のうとする少女. 爆弾に当たって死んだ少女。 銃でうたれ、また合った少女。消毒すること。 約餌期. ほおたたき. 腕力下記. 壁に頭をぶつかる少女. 川岸に捨てられた栄養失調かかった少女。水に落ちて死のうと」。

「私たちに禁止されたのは洗うこと。 動くもの。診察を受けに行くこと。 コンドームを使うこと。 私たちが歩こうとしたことはマラリア、梅毒、淋病、死産、逃げること。 赤ん坊を産むのと育てること。 彼にやめろということ。 結核、心臓疾患、神経衰弱、うつ病」「私たちが食べたことはご飯、味噌汁、たくあん、ご飯、私たちの体は破壊されたし道具になったし不妊になったし穴になったし。 味噌汁。 たくあん。ご飯。ご飯。ご飯。血まみれになったし。 肉になったし。 黙認にあったし。 一人身になった」「私たちに残ったことは何もなかったよ。 永遠に回復できない衝撃を受けたお父さん、結局亡くなったよ。 無一文.。傷。男性嫌悪症、子供もなくて。 家もなくて。 子宮もなくて。 酒、タバコ、罪の意識、羞恥心」

「私たちは慰安婦と呼ばれるよ。 淫蕩な職業を持った女、私たちが感じたことは私の胸がまだぶるぶる震えるということ。 私たちが奪われたことは若い時期、私の人生」

「今私たちは74才、79才、84才、93才、盲、盲、私たちが願うのは今まもなく私たち皆が死ぬ前に私たちの話を世の中が忘れる前に、私たちの頭の中を離れる前に日本政府で話します。 どうか。 すみません。 慰安婦女性たちよ。 私に話します。 あなた方が私に申し訳ないと。 申し訳ないと話します。 あなた方が申し訳ないと話します。 私に話します。 私を見ます。 話します。 申し訳ないと。

10余分間の公演が終わった。 濃厚な静寂が落ちたように悲しくて暗い雰囲気がかばった。 戦争による韓国女性たちの被害事例を伝え聞くことになった外国人らも深い憂いに沈んだようにした。 このような痛みを表わして日本側の謝罪を要求する子孫らに感銘を受けたように一つ二つ起きて拍手し始めた。

場内が拍手の声であふれた。 気勢を出せという声があちこちで聞こえた。 公演を終えた学生たちは力強い応援に感謝の挨拶をして席から降りた。 戦争と女性たちの被害、数多くの人々が体験した痛みを考え直す場であった。




위안부 여성들에게 미안하다고 말해요 2011 창원 버자이너 모놀로그

"우리들의 이야기는 오직 우리들의 마음속에서만 존재합니다. 우리의 황폐화된 영혼 안에서, 전쟁의 시간과 공간 속에서, 그리고 허공에 존재합니다. 어떤 기록의 흔적도 없고 공식적으로 책에 소개된 적도 없고 오직 의식속에서 오직 이 이야기 안에서…"
26일 오후 4시. 경남 창원시 용호동 경남여성능력개발센터에서 열린 2011 창원 버자이너 모놀로그 행사장.
창원대학교 학생 10여 명은 일본군의 한국 여성에 관한 폭력의 실태를 알리고 위안부 피해 할머니들에 대한 일본측의 공식적인 사과를 요구했다.
" 우리가 약속 받았던 것은 내가 그들과 함께 간다면 아버지를 살릴 수 있다고, 일자리를 구할 수 있다고, 내 나라를 구할 수 있다는 것이었다. 우리가 본 것은 산도 아니고 나무도 아니고 물도 아니고 단지 황사, 사막이었다. 내가 가지 않는다면 그들이 날 죽일 것이라고, 거기가 더 낫다고."
버자이너 모놀로그는 금기가 돼버린 여성의 섹슈얼리티에 관한 이야기들을 솔직하고 거침없이 펼쳐 보이고 여성의 개혁을 추구하는 사회운동의 일환이다.
성에 대해 숨겨온 이야기를 속 시원하게 털어놓고 성폭력과 전쟁, 남성 폭력, 억압과 차별에 대한 문제를 여과없이 드러내며 가슴 아픈 상처와 위트 넘치는 이야기로 여성성의 본질과 여성에 대한 아픔을 토로하는 전 세계적인 행사다.
2011 창원 버자이너 모놀로그 행사장에는 창원에 거주하는 외국인 300여 명과 한국인 100여 명 등으로 성황을 이뤘다.
세계 각국에서 모여든 참석자들은 이날 행사를 통해 자신들이, 또는 친구가, 아니면 누군가를 통해 간접적으로 경험하게 된 여성들의 다양한 피해 사례를 연극으로 보게 됐다.
이 자리에서 창원대학교 국제관계학과 학생들은 2차 세계대전 당시 일본군이 한국의 여성들을 대상으로 얼마나 잔인한 만행을 저질렀는지 드러냈다.
" 눈물 가득 찬 창고, 겁에 질린 수천 명의 소녀들, 내 의지와 상관 없이 댕기머리는 잘려나가고 속옷 입을 시간도 없었네.(A warehouse full of tears. Thousands of worried girls. My braid cut against my will. No time to wear panties.)"
어수선했던 장내가 조용해졌다. 출입문을 드나들던 사람들도 자리에 서서 학생들의 말에 귀를 기울였다. 수백 명의 눈이 10여명의 학생들에게로 몰렸다.
" 우리가 강요 받았던 것은 이름을 바꾸는 것. 쉽게 벗을 수 있도록 단추 하나 달린 옷 한 벌만 입을 것. 하루에 일본군인 50명, 때론 너무나도 많은 그들. 야만적인 이상한 남자의 그것. 우리가 생리를 할 때도 심지어 초경을 시작하기 전에도 그들은 그 짓을 했다네. 너무나도 많았다네. 일부는 그들의 옷도 벗지 않은 채 그냥 자기들의 성기만 꺼낸 채 너무나도 많은 남자들이. 나는 걸을 수가 없었네. 다리를 펼 수도 없었다네. 몸을 구부릴 수도 없었다네. 아무 것도 할 수 없었다네."
"그들이 우리에게 지겹도록 한 것은 욕하기. 때리기. 비틀기. 피눈물나게 때리기. 우리가 본 것은 화장실에서 화학약품 마시고 죽으려는 소녀. 폭탄에 맞아 죽은 소녀. 총으로 맞고 또 맞은 소녀. 소독하기. 약 먹이기. 뺨 때리기. 주먹질하기. 벽에 머리를 부딪치는 소녀. 강가에 버려진 영양실조 걸린 소녀. 물에 빠져 죽으려고."
"우리에게 금지된 것은 씻는 것. 움직이는 것. 진찰 받으러 가는 것. 콘돔을 사용하는 것. 우리가 걸렸던 것은 말라리아. 매독. 임질. 사산. 도망가는 것. 아기를 낳는 것과 키우는 것. 그에게 그만하라고 하는 것. 결핵. 심장질환. 신경쇠약. 우울증."
"우리가 먹었던 것은 밥. 된장국. 단무지. 밥. 우리의 몸은 파괴당했고 도구가 됐고 불임이 됐고 구멍이 됐고. 된장국. 단무지. 밥. 밥. 밥. 피범벅이 됐고. 고기가 됐고. 묵인을 당했고. 홀로 됐다."
"우리에게 남은 것은 아무 것도 없었네. 영영 회복하지 못할 충격에 빠진 아버지. 결국 돌아가셨다네. 무일푼. 상처들. 남자 혐오증. 아이도 없고. 집도 없고. 자궁도 없고. 술. 담배. 죄의식. 수치심."
"우리는 위안부라고 불린다네. 음탕한 직업을 가진 여자. 우리가 느낀 것은 내 가슴이 아직도 부들부들 떨린다는 것. 우리가 뺏긴 것은 젊은 시절. 내 인생."
" 지금 우리는 74살. 79살. 84살. 93살. 장님. 장님. 우리가 원하는 것은 지금 곧 우리 모두가 죽기 전에 우리의 이야기를 세상이 잊어버리기 전에, 우리의 머릿속을 떠나기 전에 일본 정부여 말해요. 제발. 미안합니다. 위안부 여성들이여. 내게 말해요. 당신들이 내게 미안하다고. 미안하다고 말해요. 당신들이 미안하다고 말해요. 내게 말해요. 나를 봐요. 말해요. 미안하다고."
10 여 분간의 공연이 끝났다. 짙은 정적이 내려앉은 듯 슬프고 어두운 분위기가 감쌌다. 전쟁으로 인한 한국 여성들의 피해 사례를 전해 듣게 된 외국인들도 깊은 시름에 잠긴 듯 했다. 이 같은 아픔을 드러내고 일본측의 사과를 요구하는 후손들에게 감명을 받은 듯 하나 둘 일어나 박수를 치기 시작했다.
장내가 박수 소리로 넘쳤다. 기운을 내라고 하는 소리가 여기저기서 들렸다. 공연을 마친 학생들은 힘찬 응원에 감사의 인사를 하고 자리에서 내려왔다. 전쟁과 여성들의 피해. 수많은 사람들이 겪었던 아픔을 다시 생각하는 자리였다.
전병칠기자

2011/03/25

「連行」された慰安婦、また一人亡くなる



日本人なら分かると思うが、連行とは、警察や軍隊によって引っ立てられる事である。果たして、このハルモニの場合どうだったのだろうか?リンク先でも分かるように、挺対協では「連行」という用語を多用しているが、何らかの意図ありと見ていいだろう。

韓国挺身隊問題対策協議会より訃報のお知らせがありました。
覚悟はしていましたが、韓国では今年になって5名の被害女性が亡くなられています。これで韓国で生存されている被害女性は73名……本当にもう、私たちには時間がありません。

皆さま

韓国挺身隊問題対策協議会
梁路子です。

3月21日に全羅南道に暮らしていたシン・サンシムハルモニが亡くなられました。

ハルモニは1927年に全南に生まれました。
1944年、18歳で木浦市場で連行された後、長崎県佐世保海軍慰安所で日本軍「慰安婦」生活を強要されました。
解放(終戦)と同時に輸送船に乗って麗水港に帰国し故郷に定着しました。
1992年に日本軍「慰安婦」被害者として申告しました。

ハルモニの最期の道に
日本からも冥福をお祈りください。
私たちのそばにいるハルモニは73人となりました。

「ハルモニ、安らかにお眠りください」

http://www.jca.apc.org/ianfu_ketsugi/news2.html 2011.3.21

2011/03/24

日本の被災者の為に募金するハルモニ






日本の震災被害者の為に募金する韓国人慰安婦。彼女たちは日本政府に賠償を求めていたはずなのに・・・。厚意を無下にしてはいけないが、もはや支離滅裂。一種のお祭りとして続いている水曜デモならではの光景。

また震災の悲惨さを誰よりも良く知るハルモニ、という表現も韓国系のソースで何度か読んだ気がするが、これもハルモニの聖化現象の一つだろう。未成年でも、阪神大震災を経験した人の方が地震の恐ろしさを良く知っているはずだ。

2011/03/23

全マスコミが強制連行を前提にしていた頃【西岡力】



今日の西岡力のブログから。

朝日新聞の報道被害が言われる中、「読売も同様の報道をしていた」と弁護する声もある。特にネットには。確かに当初は、新聞を含め、多くの人が慰安婦の強制連行を事実と思い込んでいた。しかし朝日が特筆されるのは、あの紙面を上げた大キャンペーンであり、間違いが分かった後もそれを押し通したことである。

さすがに現在では矛を収めているが、誤報を訂正しようとしないから風評は今も世界中に広がっている。原発事故が起こり多くの人が風評被害に困惑する今、朝日新聞のこうした姿勢がいかに問題か分かるはずだ。

現在では少し事情が変わってきていると感じるが、「謝罪すればするほど悪くなる日韓関係」というのも本当だと思う。少なくともごく最近まではそうだった。


田中明先生を偲ぶ 不肖の弟子として

...田中先生から「最初に論文を持ってきたとき西岡君は気の弱そうな世間知らずのお坊ちゃんだった」とよく言われてきた。そして「朝鮮問題は頭で取り組むのではなく、腹で取り組むのだ」と教えられた。私が曲がりなりにも拉致問題と慰安婦問題に取り組むことができたのも、田中先生のその教えがあったからだ。

慰安婦問題では1992年1月、田中先生と私のもう1人の師匠佐藤勝巳現代コリア研究所所長が「謝罪すればするほど悪くなる日韓関係」という対談を月刊文藝春秋で行った。たしか、田中先生は体調を崩されていてテープ起こしのゲラを病院のベットで点検されていた。対談で2人は公権力による強制連行説について疑問を提起した。

文藝春秋編集部はその対談を受けて、慰安婦問題について本格的に取り組むことを決め、私に調査と原稿執筆の依頼をしてきた。そのとき、田中先生は「これを引き受けることは大変なことだぞ」と、積極的には勧めなかった。当時は、産経新聞を含む全てのマスコミが強制連行があったことを前提に報道をしていた。ご自分はその渦中に入っていきながら、私がそこにつづいて入ろうとしたとき、消極的な態度を取られたことを思い出す。世間知らずのお坊ちゃんに、慰安婦問題での論陣を張る「腹」がないと思われたのだろうか。実は、そのとき文藝春秋に書いた論文が、田中先生の勉強部屋に置かれていた拙著「日韓誤解の深淵」に収録されている。...

2011/03/22

現代の「強制性」【東関東地震 2】東電職員のケース



「強制性」という言葉を特定の出来事についてのみ、特別の基準を設けて当てはめようとしている人たちは信用してはいけないという事は前回書いた。それを分かりやすくする為に、今後もこういった例を拾って紹介していく。

貧困など何らかの理由があって慰安婦になったのだから強制(連行)だと言い張る学者や専門家。彼らの 弁論術にも注目していこう。


福島第1原発:英雄でも何でもない…交代で懸命の復旧作業

...「不安は当然ありますね。それだけ高い放射線の中でやっているし、現場もどうなるか分からないですから。また爆発が起こるかもしれないし、放射線量が上がるかもしれない。断る選択肢もありますよね。家族からそういうこと言われますけど。すごく難しい判断で、みんな考えていると思います」。

◇「今後も原発で働きたいから」

それでも現場行きを決めたのは「原発の仕事をしてきた職業人としてのプライドより、沈静化した後のこと」だという。「これからもこの仕事で食べていきたいという気持ち。断ったら後々の立場が悪くなるというか。今の会社で、またこういう仕事を続けていきたい気持ちなんで、少しでも協力し、会社の指示にできることは従って(やっていきたい)」と淡々と話した。

現在、現場で作業に携わっているのは東電と子会社の東電工業、原子炉メーカーの東芝、日立のほか、鹿島、関電工やそれらの関係会社など。電源復旧では送電で4社、変電で5社、配電で3社という。地震発生直後に約800人いた作業員は15日の4号機の爆発による退避で一時約50人まで減ったとされるが、それ以降は300~500人で推移。18日に米軍に借りた高圧放水車で3号機に放水したのも、東電工業の社員2人だった。

現在の急務は原子炉冷却に不可欠な電源の復旧作業だが、東電によると、実際に作業できるのは技術を持つ70人程度。しかも高レベルの放射線を長時間浴びるのを避けるため、20人くらいずつ順番に作業せざるを得ない。「真っ暗な中、投光器や懐中電灯を使いながら、防護服と顔を全部覆うマスク、ゴム手袋での作業になる。大変時間がかかり苦労している」(東電の担当者)...(以下略)


毎日新聞2011.3.21

2011/03/21

現代の「強制性」【東日本大震災 1】消防士のケース



海江田大臣にも言い分もあるだろうが・・・。

ようは、「強制」「強制性」の例というのは、いつの時代でも見方次第でいくらでも見つかるのである。大事な事は、ダブルスタンダードを使わないということ。沖縄戦や朝鮮人(非日本人)慰安婦のみに特別な基準で「強制性」と用語を当てはめようとする人たちには注意しなくてはいけない。


都知事、消防隊への圧力に抗議=原発放水「速やかにしないと処分」-海江田氏発言か

東京都の石原慎太郎知事は21日午後、首相官邸で菅直人首相と会い、福島第1原発での放水作業をめぐり、政府関係者から東京消防庁ハイパーレスキュー隊幹部に対して「速やかにやらなければ処分する」との圧力的発言があったとして、抗議した。石原氏によると、首相は「陳謝します。大変申し訳ない」と述べた。都関係者は、発言は海江田万里経済産業相からあったとしている。

石原氏は会談後、記者団に「現場の事情を無視して、(放水作業を)速やかにやれ(と指示があった)。やらなければ処分する、ということを上から言ってはいけない」と強調。さらに、「担当大臣か何か知らないが、恐らく上から来るのだろう。そんなばかなことを言ったら戦が戦にならない。絶対言わせないでください」と首相に申し入れたことを明らかにした。

また、同隊が使用した放水車の連続放水能力は4時間が限度だったが、政府側の指示で7時間連続で放水したため、石原氏は「完全に壊れた」と説明した。

一方、枝野幸男官房長官は同日午後の記者会見で「これから調査する」と述べるにとどめた。

時事2011.03.21

元慰安婦の無事確認 東京の支援者と再開



東日本大地震で連絡が切れた在日日本軍慰安婦被害者ソン・シンド(宋神道 89)ハルモニが東京に安全に移動した。

韓国挺身隊問題対策協議会は11日、連絡が途絶えたソン・ハルモニが一週間後宮城県避難所の避難所者名簿に名前があるのを確認したと20日明らかにした。

ソン・ハルモニは自分を探し、噂をたよりに捜した「在日の慰安婦裁判を支える会」会員たちと去る19日対面した。 会員たちはソン・ハルモニを普段見てあげた民生委員が「津波を避けて待避しないといけない」と言ったが、子犬を取りまとめるのに手間取り、その間避難所が水に浸り、他に避けていたと伝えた。 ソン・ハルモニの健康には異常がないと伝えられた。

忠清南道出身のソン・ハルモニは日本で慰安婦被害者であることを明らかにした唯一の生存者で、日本政府に謝罪と補償を要求して10年の間法廷闘争を行ってきた。 日本政府との長い戦いは、ドキュメンタリー「オレの心は負けてない」として製作され、2009年国内で封切られた。

ソウル新聞2011.3.21


동일본 대지진으로 연락이 끊겼던 재일 일본군 위안부 피해자 송신도(89) 할머니가 도쿄로 안전하게 이동했다.

한국정신대문제대책협의회는 지난 11일 연락이 끊겼던 송 할머니가 일주일 뒤 미야기현 대피소의 대피자 명단에 이름이 올라 있는 것을 확인했다고 20일 밝혔다.

송 할머니는 자신을 찾아 수소문했던 ‘재일조선인 위안부 재판을 지원하는 모임’ 회원들과 지난 19일 상봉했다. 회원들은 송 할머니가 평소 돌봐주던 민생위원이 “쓰나미를 피해 대피해야 한다.”고 했지만, 강아지를 챙기느라 시간을 지체하다 그 사이 대피소가 물에 잠겨 다른 곳으로 피해있었다고 전했다. 송 할머니의 건강에는 이상이 없는 것으로 전해졌다.

충남 유성 출신인 송 할머니는 일본에서 위안부 피해자임을 밝힌 유일한 생존자로 일본 정부에 사죄와 보상을 요구하며 10년 동안 법정 투쟁을 벌였다. 일본 정부와의 긴 싸움은 다큐멘터리 ‘내 마음은 지지 않았다’로 제작돼 2009년 국내에서 개봉되기도 했다.

2011/03/20

国際婦人デー 10のテーマ




国際婦人デーに関連して、慰安婦のニュースもチラホラあったが、後回しになってしまった。今年は国際婦人デー100周年だったらしい。

そんな中で、ここでは10の課題が選ばれてリストになっている。で、不思議なことに、日本政府だけが謝罪を求められている。女性問題の専門家であっても、慰安所システムを採用した、あるいは利用したのは日本だけだと思っているのだろう。なぜ韓国や日本の運動体はその辺を訂正して、より多くの女性たちを救おうとしないのか?

解説によると、第二次大戦中、日本政府は日本兵の性奴隷にするために家々から若い女性を強制的に連れ出したのだという。その数、50万人という。

もちろん、Rebecca Priceという女性の紹介するこのリストで取り上げられているのは、日本の女性問題だけではない。アメリカの監獄でのセクハラ問題も取り上げられている。 しかし、国策として女性を虐待したと責められているのは日本だけである。

Comfort Women Ask Japan for Formal Apology

During World War II, the Japanese government forcibly removed young girls from their homes and used them as sex-slaves for Japanese soldiers. Known as "comfort women," the girls were taken from Taiwan, Korea, China, the Philippines and other countries, and some estimate the number of victims at 500,000. For the past several decades, the surviving comfort women, with the help of women's rights groups, have been petitioning and filing lawsuits with the government of Japan for formal recognition and an apology for these acts.

The Huffington Post 2011.3.8 (一部)

この記事の中で取上げられている10のテーマ:

  1. For Afghan Wives, a Desperate, Fiery Way Out
  2. Rape Kit Testing Backlog Thwarts Justice for Victims
  3. Comfort Women Ask Japan for Formal Apology
  4. Women at Risk for Sexual Abuse in U.S. Immigration Detention Centers
  5. India Relies on "Two-Finger" Test to Verify Rape
  6. The Razor and the Damage Done: Female Genital Mutilation in Kurdish Iraq
  7. Indictment: Somali Gangs Ran Sex Ring in 3 States
  8. Guinea Shaken By Wave Of Rapes During Crackdown
  9. Yemen Child Bride "Bleeds to Death"
  10. Protests Raise Hope for Women's Rights in Egypt

彼女が参考資料として上げているのは、なんと昨年のマリコ・カトウによるジャパン・タイムズの記事である(しっかりと性奴隷という用語が使われている。JTにも困ったものである)。

Rebecca Priceについて:

Rebecca Price is the creator of Chick History, a website dedicated to finding new ways to tell women’s stories and contributions for everyone to enjoy and learn. She has been working in the museum field for over 10 years at museums, historic homes and national associations. She holds an M.A. in Museums Studies from George Washington University and is also the Director of Marketing for the American Association for State and Local History.


関連エントリー: 国際婦人デー100周年韓国での目玉はFACE

米学生、ダンスで女性史を演じる【日本軍慰安婦】



ニューヨークの学生たち(The State University of New York at New Paltz)によって「女性史(Women's History Month)」の月を祝う舞踏劇の題材の一つに選ばれたのが「慰安婦」。ただしこの記事では、慰安婦とは人身売買に強制され兵士の貢物にされた「日本人」という事になっている。"Comfort women"は世界的にすっかり有名になった。

学生ダンサーたちは、他に「ホロコースト下のレズビアン」というテーマも演じている。アメリカやイギリスでは、3月が女性史の月とされているそうである。

I Am a Woman: Warriors’ Dance Celebrates Women’s History Month

In honor of Women’s History Month, Warriors dance club presented a new way to look at women’s struggles at McKenna Theatre at SUNY New Paltz.

“I Am A Woman” was put on by the newly formed SUNY New Paltz dance club, Warriors. President of the club, Cinthia Pimentel, second-year communications major, formed the dance team a year and half ago to create a dance team for dancers who didn’t belong in the other dance teams on campus.

In honor of Women’s History Month, “We decided to tell stories of women’s struggles through dance and other art forms such as poetry,” said Mary-Anne Ramirez. Ramirez, a first-year graphic design major, is a performer in Warriors and is responsible for maintaining the club’s blog.

Each dance took on a particular issue or topic throughout women’s history. They ranged from women’s stories of sex trafficking, racism, workplace issues, lesbianism and war.


The program opened with a contemporary beat by compiling some hit songs by popular female artists. “Modern Women In Music” featured dances to songs by the Pussycat Dolls, Taylor Swift, Nicki Minaj, Katy Perry, and Britney Spears.

The Warriors dance style varied from performance to performance. “Comfort Women,” a piece that reflected on the hardships faced by Japanese women who were forced into sex trafficking and offered to soldiers during World War II, had elements of ballet.

Pimentel said they weren’t exactly sure how to capture to the elements of the abuse these women suffered, which is why when the dancers removed the white masks they were wearing they revealed that their faces had been painted black. According to Pimentel it was made to “represent the battle that they must go through all alone.” She emphasized that pieces like these are specifically important because people don’t believe that things like these really happened in the past.

Another routine also displayed the more tragic and somber aspects of women’s history. “The Forbidden Love Story: Lesbian Couple in the Holocaust” was performed in the second half of the set, and covered another tragic and somber topic, the persecution of lesbians in the holocaust. Traditionally considered a taboo topic, the dancers embraced the topic through a moving routine that incorporated the emotional struggle these women dealt with...(以下略)


ハルモニも黒い蝶々で弔意【東日本大震災】



ソン・シンド(宋神道)の安全は後日確認された。コリア・ヘラルドの英字記事も参照。


「私の傷は良くならないから憎いが、罪は憎んでも人は憎くないです。 ただ、はやく頑張って克服してくれたらいいですね。 日本で連絡が途絶えたソン・シンド(89)ハルモニをはやく探すのが一番有り難いこと…」

ギル・ウォンオク(84)ハルモニが早期が掲げたソウル、鍾路区中学洞の日本大使館を眺めて淡々と話した。 ギル・ハルモニは「とても大変なことを見て、今日は話すことがあまりない」として「私たちの時のように多くの人が犠牲になるのを見るとつらい記憶がまた浮び上がりながら、どのようにすべきかはやく復旧するべきなのにしたいです」と明らかにした。 手袋も嵌らなかった彼女のしわになった手には「ソン・シンド・ハルモニがんばってください!」と書かれた紫色手立て札と、ソン・ハルモニの写真が入れられたドキュメンタリー<私の心は負けなかった>広報物が握っていた。 キル・ハルモニの話を静かに聞いていたイ・オクソン(85)ハルモニも「頑張れといって下さい!!はやく頑張れといって下さい!」として手伝った。

毎週水曜日日本大使館の前で「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」が日本政府の慰安婦問題謝罪と賠償を要求して開いた需要デモが16日には30人余りが参加した中で東日本大地震犠牲者らを哀悼する追慕沈黙デモで代替された。 1992年1月8日始まった需要デモが沈黙デモで代替されたことは1995年8月阪神大地震犠牲者を追慕する沈黙デモに続き今回が2番目だ。

この日昼間12時10分頃から10分余りの間黙祷が進行され、ハルモニたちは静かにタオルで涙を拭いた。 慰安婦の傷を抱いてデモに参加したギル・ウォンオク、イ・オクソン、イ・ヨンス(84)、キム・スンオク(90)、パク・オクソン(88)ハルモニは静かに両目を閉じて頭を下げた。 この日行事では亡くなった慰安婦ハルモニたちの魂を象徴する黄色の蝶々の色も変わった。 おばあさんと参加者らは「犠牲者らの冥福を祈ります」と書かれた黒い蝶々を手に持った。

挺身隊対策協はこの日日本東北部大地震の犠牲者を追慕する声明を出して日本、宮城県に居住している慰安婦被害者ソン・シンド・ハルモニに対する積極的な構造図促した。

日帝強制占領期間独立活動家とその遺族たちの集いの光復会も「困難に出会った日本人に勇気を与えるために人類愛を発揮することにした」として地震復旧と被害者救護および支援のための寄付1000万ウォンを出すことに決めたと明らかにした。

ハンギョレ2011.3.16





“내 상처 낫지 않으니 밉지만, 죄는 미워해도 사람은 안 미워요. 그저 빨리 힘내서 극복했으면 좋겠어요. 일본에서 연락이 끊긴 송신도(89) 할머니를 빨리 찾아주는 게 제일 고마운 일이고….”

길원옥(84) 할머니가 조기가 내걸린 서울 종로구 중학동 일본대사관을 바라보며 담담하게 말했다. 길 할머니는 “너무 엄청난 일을 봐서 오늘은 할 말이 별로 없다”며 “우리 때처럼 많은 사람이 희생되는 걸 보니 아픈 기억이 다시 떠오르면서, 어떻게 해야 하나 빨리 복구해야 하는데 싶어요”라고 밝혔다. 장갑도 끼지 않은 그의 주름진 손엔 ‘송신도 할머니 힘내세요!’라고 적힌 보라색 손팻말과, 송 할머니의 사진이 담긴 다큐멘터리 <나의 마음은 지지 않았다> 홍보물이 쥐여 있었다. 길 할머니의 말을 가만히 듣고 있던 이옥선(85) 할머니도 “힘내라고 하세요! 빨리 힘내라고 하세요!”라며 거들었다.

매주 수요일 일본대사관 앞에서 ‘한국 정신대문제 대책협의회’(정대협)가 일본 정부의 위안부 문제 사과와 배상을 요구하며 열었던 수요시위가 16일에는 30여명이 참가한 가운데 동일본 대지진 희생자들을 애도하는 추모 침묵시위로 대체됐다. 1992년 1월8일 시작된 수요시위가 침묵시위로 대체된 것은 1995년 8월 한신 대지진 희생자를 추모하는 침묵시위에 이어 이번이 두번째다.

이날 낮 12시10분께부터 10여분 동안 묵념이 진행됐고, 할머니들은 가만히 수건으로 눈물을 훔쳤다. 위안부의 상처를 안고 시위에 참여한 길원옥, 이옥선, 이용수(84), 김순옥(90), 박옥선(88) 할머니는 가만히 두눈을 감고 고개를 숙였다. 이날 행사에서는 숨진 위안부 할머니들의 영혼을 상징하는 노란색 나비의 색깔도 바뀌었다. 할머니와 참가자들은 ‘희생자들의 명복을 빕니다’라고 적힌 검은 나비를 손에 들었다.

정대협은 이날 일본 동북부 대지진의 희생자를 추모하는 성명을 내고 일본 미야기현에 거주하고 있는 위안부 피해자 송신도 할머니에 대한 적극적인 구조도 촉구했다.

일제강점기 독립운동가와 그 유족들의 모임인 광복회도 “어려움에 처한 일본인에게 용기를 주기 위해 인류애를 발휘하기로 했다”며 지진 복구와 피해자 구호 및 지원을 위한 성금 1000만원을 내기로 결정했다고 밝혔다.

ハルモニの美談伝えるコリア・ヘラルド--嘘を混じえつつ?



慰安婦ハルモニたちが、過去の恨みを超えて震災に見舞われた日本の為に涙を流しているという美談は、日本語でも韓国語でも発信されている。・・・そして英語でもだ。自分は、もうハルモニたちも本気で「名誉と尊厳の回復」を訴えてはいないのだろうと思っている。

だからこういったニュースも、どうしても冷めた目で見てしまうのだが、例によって韓国の英字紙にはさりげなく、情報操作の痕跡が・・・。「歴史家によると、日本政府は主に中国と韓国から20万人の女性を強制的に性奴隷にした」とコリア・ヘラルドの記事は伝えている。相変わらずである。

日本の若い旅行者の姿もあったが、インタビューを拒否されたとも書かれている。慰安婦問題が解決すれば、日韓の友好の絆は深まるだろうという関係者の発言も空疎に聞こえる。この時点では、宮城県在住のソン・シンド(元慰安婦)の消息が不明であったことから、ハルモニたちも他人ごとではなかっただろう。


Former Korean 'comfort women' pray for Japan

Seoul (The Korea Herald/ANN) - Frail-looking grandmothers gathered again Wednesday (March 16) in front of the Japanese Embassy in Seoul.

They were former "comfort women," who were forced to provide sex to the Japanese army during World War II.

However, there were no chants denouncing the Japanese government, which has yet to issue an official apology to them.

This time a silent tribute for 10 minutes was followed after a brief memorial address for the victims, their bereaved family members and other survivors in the wake of the deadly earthquake and tsunami which struck the northeastern coast of Japan.

"We hate their past wrong, not the people. We offer our deep condolences to those who lost loved ones," said Gil Won-ok, 84.

"I still remember vividly my scar 70 years ago. That's why I can understand the current sufferings of Japanese people more than anyone else," said Gil, who had her uterus removed at age 15 as a result of sexual slavery for the Japanese army in northern China.

Since 1992, the elderly women have participated in the weekly demonstrations every Wednesday at noon outside the Japanese Embassy, together with activists and citizens.

There was only one exception when a powerful earthquake hit the Japanese city Kobe in August, 1995. In the wake of the disaster, more than 6,000 people lost their lives.

"There were some grandmothers who requested to cancel today's gathering considering the Japanese situation. After discussions, we decided to hold a memorial event," said Yoon Mi-hyang, head of the Korean Council for Women Drafted for Military Sexual Slavery by Japan.

The civic group has supported the former comfort women in their efforts to call for an official apology and compensation from the Japanese government, offering shelter for those financially struggling.

Wednesday's meeting was also aimed to ask both Korean and Japanese governments to find another comfort woman, Song Shin-do who was living in the Miyagi region, which was hit hard by the double disasters on Friday.

Fortunately, the woman was confirmed to have been rescued two days ago and stayed at a shelter.

"An activist in Japan called me and said the grandma was OK," said Lee Yong-soo, 83, who had met former Japanese Prime Minister Yukio Hatoyama, then secretary general of the Democratic Party, in 1998 to request apology from Tokyo.

"I just couldn't move after watching news report on the earthquake in Japan. I hope Japanese people work together to rebuild the country as soon as possible," Lee said, adding that she arrived from Daegu, some 300 kilometers south of Seoul, where she lives, in order to express her sympathy for Japanese people.

The normally modest event of dozens of activists and nuns received unusual media attention on Wednesday amid a widening crisis in Japan. Foreign media as well as domestic reporters attended the gathering.

There were also some young Japanese tourists who dropped by the scene. However, they declined to allow an interview, saying they had no idea about the issue.

Yoon, the group leader, agreed that the Korean government's active efforts to help Japan were a good thing.

However, she pointed out that current humanitarian exchanges are not enough to resolve the decades-old tensions between two bitter rivals.

"If their historical issues, including compensation for former comfort women, had already been solved, this could have been a great opportunity to strengthen our friendship," Yoon said.

"Japan should face their past wrongs more sincerely. The Korean government also should request compensation more strongly, clearly."

The group said it plans to continue holding the weekly demonstrations but they would keep a low profile for some time.

Historians estimate that the Japanese government coerced nearly 200,000 women, mostly from Korea and China, into sexual slavery at army bases in Asia before and during World War II.

It was only in the early 1990s that some of the women started to speak up about their ordeals.

Most of the women are now in their 80s. Only 86 women are still living out of the 234 registered in government data.

Korea Herald 2011.3.17

同様の英文報道:

Former Sex Slaves Express Sympathy For Japan Earthquake Victims By Andy Jackson Eurasia Review

2011/03/18

ハルモニの誤解



これはあくまでも支援団体の書籍からとったものであり、実際に元慰安婦がこの通り喋ったのかは定かではない。キム・スンドク(金順徳)の言葉とされている。

彼女によると、最初日本政府は慰安婦の存在を否定しており、その後、慰安婦の存在こそ認めたが、軍の関与を否定したと。・・・彼女がそう信じているというのは、十分にありえる話である。問題は彼女たちを囲っている運動家たちなのである。




私たちが名乗り出る前、日本政府は「慰安婦はいなかった」といい、、私たちが名乗り出た後では、「慰安婦はいたが、日本軍は関与していない」と言った。私たちが絵を書いて絵葉書にしはじめると、日本政府は日本軍の関与を認めるようになってきた。私たちが行動をするたびに、日本政府の態度が変わってきている。

水曜デモと震災弔慰



どちらの言うことも理解できる気がする。

日本軍慰安婦被害のハルモニ(お婆さん)らが、東日本大震災の被害者への追悼集会を開いた中、この消息に接した日本人らが二分した反応を見せた。

ある日本人は自分のツイッターに、「憎しみを愛で包んで送ってくれたハルモニたちに感謝します」とし、「ハルモニたちの人間愛に自然に感謝します」とのコメントを送った。

また韓国の知人を通じ、「ハルモニに感謝していると伝えてください」とコメントした日本人もいた。

一方で日本のコミュニティ2ちゃんねるでは、「配慮はいらないから反日活動するな」とし、「地震の被害者への追悼ではなく関心が欲しいだけでは?」とコメントするなど、否定的な反応がほとんどだった。

また、「これらは単純工場の労動者だったが、歪曲にも少しの責任があるようだ」と言うなど、厳しい反応を見せたりした。他にも、「韓国で最近日本沈沒の記念シャツが発売したらしい」というはデマを言いふらし、「賠償のためなら何でもやるのか」と皮肉ったコメントもあった。

これに先立ち16日、韓国挺身隊問題対策協議会とキム・スンオク(90歳)、パク・オクソン(88歳)、イ・ヨンス(84歳)、イ・オクソン(84歳)、キル・ウォンオク(84歳)らの慰安婦被害ハルモニ達は、ソウル・鍾路区(チョンログ)中学洞(チュンハクドン)の在韓日本大使館の前で追悼集会を行った。

この日の追悼集会の消息が伝わると韓国内のツイッターでは、「誰が日本語に翻訳して日本人たちに伝えて欲しい」とし、「この感動的な話を日本人たちも知った方がいい」というコメントが続いた。

NAVER 2011.3.17
訳HONEY MILKφ 2ch


[日대지진]위안부 할머니 추모, 일본 네티즌 반응

일본군 위안부 피해 할머니들이 동일본 대지진 피해자를 위한 추모집회를 연 가운데, 이 소식을 접한 일본인들이 상반된 태도를 보였다.

한 일본인은 자신의 트위터에 "증오를 사랑으로 감싸주고 힘을 복돋아 주신 할머니들께 감사하다"며 "할머니들의 인간애에 저절로 머리를 숙이게 된다"고 글을 올렸다.

또 한국 지인을 통해 "할머니께 감사하다는 말씀을 전하고 싶다"고 전한 일본인들도 있었다.

반면 일본 커뮤니티 2CH에는 "배려는 필요 없으니 평상시에 반일 행동이나 하지 말라"며 "지진 피해자를 추모하기 위한 게 아니라 관심 받으려 그러는 거 아니냐"는 등 부정적인 반응이 대부분이었다.

또 "이들은 단순 공장 노동자였는데, 왜곡에 조금이나마 책임은 있는 것 같다"는 등 격한 반응을 보이기도 했다. 이외에도 "한국에서 요즘 일본 침몰 기념 티셔츠가 발매됐다더라"는 유언비어를 퍼트리며 "배상을 위해선 뭐든 하냐"고 비꼬는 댓글도 있었다.

앞서 16일 한국정신대문제대책협의회와 김순옥(90), 박옥선(88), 이용수(84), 이옥선(84), 길원옥(84) 위안부 피해 할머니들은 서울시 종로구 중학동 주한 일본대사관 앞에서 추모집회를 벌였다.

이날 추모집회 소식이 알려지자 국내 트위터에선 "누가 일본어로 번역해서 일본인들에게 전해달라"며 "이 감동적인 이야기를 일본인들도 알았으면 좋겠다"라는 글이 잇따랐다.

日本政府は伝統的に嘘つきである NYTマガジン寄稿者



歴史問題に取り組んでいる人、慰安婦問題に取り組んでいる人の多くがそんな積りでないのは理解している。事実に基づく批判は健全である。しかし、事実を曲げたり誇張して反政府運動に利用して来た人、特に外国の関心を買う為に意図的に間違った情報を発信し続けて来た人たちの罪は重い。

政府や東電の不手際が海外の不信を買っている。これも仕方がないこと。しかし、外国人の中には、日本はもともと情報を隠すことで知られ信用できないという先入観に囚われている人もいる。こういう日本に対する偏見を育てて来たのが一部の「反日」日本人と呼ばれる人たちである。

ニューヨーク・タイムズ・マガジンにも寄稿しているという、このRussell Shortoは、「日本の公的否定の長い歴史」と題する文章の中で、南京事件や慰安婦問題を例に上げて説明している。彼によると、日本政府は1990年代まで長く軍が慰安所を運営していたことを否定していたという。

これは事実だろうか?そもそも1990年代までは誰も、少なくとも政府に対しては、そのような事実を追及しなかっただろうし、政府は否定していない。その後も、日本政府は慰安所の存在を否定した事はない。運営はともかく、軍が慰安所の設置に無関係だとは言っていないのである。

しかし、そのようなデマを広めたのは、韓国の市民団体もそうだが、一部の日本の学者や運動家だった。南京事件も同様。Shortoは日本政府は南京事件を否定する正式な政策(official policy)があったと主張している。これが誰かの入れ知恵なのか、彼の勝手な勘違いなのかは分からない。

核兵器の持ち込みについては、当たらずとも遠からずかもしれない。しかし、「日本政府はウソをつく長い伝統がある」という思い込みが、今回の事件でも日本に対する 報道の先入観になっているとすれば、「良心的日本人」のやって来たことは、明らかに日本国民全体に不利益をもたらしていると言ってもいい。となれば、彼らのやっている事は反日活動だと言われても仕方がない。

Shortoは、原発事故の情報公開を巡る今回の問題も、歴史的文脈(historical context)な中で考えないといけないとアドバイスしている。それは日本国民だけでなく、世界中の人々がその文脈の中で考えるべきだと訴えているのである。・・・砕いて言うと、日本政府は歴史的に見て嘘つきだと言ってるわけだ。

The Long History of Official Japanese Denial

The Japanese government has a long history of denial. There was an official policy of denying Japan’s 1937 massacre in the Chinese city of Nanking, in which hundreds of thousands of civilians were slaughtered and tens of thousands of women were raped by Japanese soldiers.

For decades the Japanese government denied that its military ran brothels–staffed by “comfort women” from around Asia–especially during World War II. This was despite overwhelming evidence that hundreds of thousands of women were forced into prostitution. Only in the 1990s did the government begin to change its line.

The Japanese government similarly denied for decades that it had an agreement with the U.S. military whereby American nuclear vessels could use Japanese harbors, and held to its denial even after American documents detailing the agreement were declassified.

The lack of information coming from Japanese official sources in the unfolding nuclear catastrophe has to be put in historical context, for the sake not only of the Japanese people but those in other parts of the world who may be at risk.

2011/03/17

女性家族部長官、亡き金学順ハルモニの墓を詣でる



キム・ハクスン(金学順)が「慰安婦強制連行」の生き証人として登場したことで、慰安婦問題は一気に外交問題に発展した。それまで日本政府が否定し続けて来た、帝国政府による慰安婦の強制動員政策がついに被害者の口から明らかにされたと思われたからだ。それから20年に渡り、この問題が両国関係をギクシャクさせて来た。

しかし、最近の定説としては、強制動員は否定されている。それでもなお、キム・ハクスンの存在はその亡き後も大きく、こうして韓国政府の女性家族部(省)の長官が墓参りに訪れる。



ペク・ヒヨン女性家族部長官は17日午後日本軍慰安婦被害者らが安置された忠清南道天安市の国立望郷の丘を訪問し、キム・ハクスン・ハルモニの墓地に参拝している。



백희영 여성가족부 장관은 17일 오후 일본군 위안부 피해자들이 안장된 충남 천안시 국립망향의동산을 방문, 김학순 할머니 묘소에 참배하고 있다.

[資料] 共同通信Philippine top court distances from Filipino 'comfort women' appeal.



日本では婉曲的に「慰安婦」として知られる性奴隷・・・これが共同通信が英文で発しているニュースである。もちろん共同は、日本語版では「慰安婦」の呼称を使っている。

MANILA, May 4 Kyodo

The Philippine Supreme Court has denied a petition by a group of Filipino wartime sex slaves who want the Philippine government to support their demand for an apology and compensation from the Japanese government before international tribunals.

In a 34-page decision written by Associate Justice Mariano del Castillo dated Wednesday, the court said the issue of whether the Philippine government should espouse claims of its nationals against a foreign government is a diplomatic matter that must be addressed by the executive branch of government, not by the courts.

''Of course, we greatly sympathize with the cause of the petitioners, and we cannot begin to comprehend the unimaginable horror they underwent at the hands of the Japanese soldiers,'' the ruling, released Tuesday, said.

More than 70 Filipino former sex slaves, known euphemistically in Japan as ''comfort women,'' asked the Supreme Court in March 2004 to declare Foreign Affairs Secretary Alberto Romulo, former Foreign Affairs Secretary Delia Domingo Albert, former Justice Secretary and now Ombudsman Merceditas Gutierrez, and former Solicitor General Alfredo Benipayo to have committed abuse of discretion in refusing to espouse their claims for crimes against humanity.

The aging women, all members of the Malaya Lolas Organization, were forced to provide sex to Japanese soldiers during World War II.

The petitioners said the government violates its legal obligation to pursue crimes against humanity in refusing to back their complaints against Japan before the International Court of Justice and other international courts.

The lawsuit said the Philippine government's acceptance of apologies made by Japan, as well as monetary payment from the Asian Women's Fund, financed by the Japanese government, were contrary to international law.

The lawsuit argued that the general waiver of claims made by the Philippine government in the peace treaty with Japan in 1951 is void.

The Philippine government argues that taking up the petitioners' cause would be inimical to the country's foreign-policy interests and could disrupt its relations with Japan.

Corazon Requizo, secretary general of the Women in Unity for Freedom group, called the court's decision ''very disappointing.''

''We are saddened...in other countries, their governments even extend material assistance to their comfort women. But here, we have none, not even support for these victims' claims,'' Requizo told Kyodo News over the telephone.

2010.5.4
http://www.thefreelibrary.com/Philippine+top+court+distances+from+Filipino+'comfort+women'+appeal.-a0225864728

2011/03/16

日本の震災で水曜デモも中止



彼らの立場では「日本の蛮行を批判し、保証を要求する」団体。立場が違えばまた違った見方もされよう・・・も対日糾弾活動を自粛。


元従軍慰安婦も日本国民に配慮、16年ぶりに水曜集会を中止―韓国

韓国の元従軍慰安婦らで構成される韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)は16日、駐韓日本大使館前で開かれる予定だった「水曜集会」を、日本の東北地震被害者への黙とうと追悼の席にすることを明らかにした。1992年に始まったこの集会の中止は、1995年の日本の阪神大震災以来16年ぶりとなる。

挺対協は日本軍の慰安婦問題を解決するために結成された韓国の団体。「水曜集会」は、日本軍従軍慰安婦被害者らが毎週水曜日にソウル市内の日本大使館前で行っている集会。

韓国メディアは、植民地支配の日本の蛮行を批判し、被害補償などを要求してきた市民団体も、地震で苦しむ日本の人々と痛みを共にしていると報じている。

同団体のユン・ミヒャン代表は14日、「日本政府は慰安婦被害者問題に不誠実に対応しているが、日本国民が何万人も被害にあった状況で、スローガンを叫ぶことは礼儀に反する。今度の水曜日にも人々は集まるが、可能な限り多くの命が存続することを祈り、黙とうをして終了する」と述べている。

またほかにも、独島守護隊、太平洋戦争被害者補償推進協議会、アジアの平和と歴史教育連帯など韓国内の18の市民団体も14日に「国境や民族を超えて、この惨事を東アジアの痛みとして認識し、すべてが立ち上がらなくてはならないときだと共同声明を発表した。歴史問題と関連した韓国の市民団体も「日本のすべての方々がこの巨大な惨事を乗り越えて立ち上がるのに役立つため努力する」と明らかにした。

サーチナ 2011.3.15

2011/03/15

被災国日本に元慰安婦も支援呼び掛け



なんとなく、慰安婦を政治利用しているような印象も受ける。

【社説】元慰安婦女性も支援呼び掛け

史上最悪の大地震に苦しむ日本国民を助けようという温情の波が、韓国社会の各界で起きている。 超大型地震と津波が残した惨状を画面で見たネットユーザーを中心に自発的な募金運動が展開され、各宗教団体や市民団体、メディアなどが救護物品の受付に率先している。 人を派遣して救護活動に加わろうという団体もある。 不意の災難にあった人々に対する人間的な同情と心配からだ。

日本東部を襲った地震の被害規模は、時間が経過するにつれて想像を超越するほど大きくなっている。 昨日、宮城県では約2000人の遺体が見つかるなど、犠牲者が大きく増えている。 死者は数万人に達するという予想も出ている。 公共施設に避難した人が31万人を超え、約80カ所で孤立した2万4000人が空腹と寒さに震えながら救助を待っている。 全壊した約5700戸を含む4万6000戸の家屋とビルが破損し、原発6基の稼働中断で戦後初めて電力供給制限が実施されている。 経済的な被害は計り知れない。

未曽有の災難にあった日本を助けるために、政府は可能なあらゆる努力をするという立場だ。 日本政府の要請で政府は救助犬2匹とともに5人の緊急救助チームを真っ先に派遣した。 102人で構成された119救助隊も昨日、日本に到着した。 アラブ首長国連邦(UAE)を訪問中の李明博(イ・ミョンバク)大統領は菅直人首相に電話をかけ、最大限の支援を約束した。 政界も支援に積極的だ。 韓流スターまでも加勢し、みんなが寄付に賛同している。

政府・民間に関係なく可能なすべての支援を惜しんではならないが、日本が最も必要としている支援をすることが最も重要だ。 今すぐ必要なのは被災者のための水と食料、毛布だという。 政府は日本政府との緊密な協議を通じて、最善の支援策を考えなければならない。 日本と協力関係を結んでいる民間企業も積極的に支援する必要がある。 精油工場の稼働が中断した日本企業が、長期契約に基づいて導入している精油を、代わりに購入してもらえないかという要請を韓国精油企業にしてきたという。 可能な範囲で積極的に検討してみる問題だ。 また不足した電力の確保のため、私たちが支援できることはないか考える必要がある。 他人に迷惑をかけることを嫌う日本人の品性を考慮すれば、私たちがまず支援できることを見つけなければならない。

日本は最も近い隣国だ。 厳しい時に助けを与えられる隣人が真の隣人だ。 過去の歴史は歴史であり、人道主義は人道主義だ。 元従軍慰安婦の女性も「日本の蛮行は忘れられないが、いまは苦しむ日本国民を助けるのが先」と訴えている。 過去の歴史に縛られて隣人の痛みに顔を背けるのは歴史の奴隷になることだ。 いまは相手の身になって日本に支援の手を差し伸べる時だ。 東日本大地震は人類愛と民度を試している。

中央日報2011.3.15

2011/03/14

地震で宋神道ハルモニ行方不明



ソ・シンド(宋神道)の証言は日本語でも公刊されているが、彼女は日本軍に連行されてはいない。彼女は母親の知り合いを名乗る朝鮮人の女性に騙されて「紹介所」に連れて行かれたと話している。

日本での史上最悪の大地震と津波が襲ってから3日目、死者と行方不明者が約5,000人を超えた中で、日本に住む慰安婦ハルモニ(お婆さん)が行方不明状態である事が判明した。

14日、韓国挺身隊問題対策協議会(以下、挺身隊対策協)によれば、日本の大震災被害地域である宮城県に住むソン・シンドさん(89歳・女)は、地震が起きた後に連絡が途絶えた。

忠南(チュンナム)・儒城(ユソン)出身のソンハルモニは、16歳の時に日本軍に連れて行かれて中国で慰安婦生活を強要された。戦争が終わってから日本で在日同胞と結婚した。ソンハルモニは日本で慰安婦被害者を明らかにした唯一の生存者として知られ、切なさを招いている。

ソンハルモニが日本政府を相手に謝罪と賠償を要求して、10年間法廷闘争を行った過程を描いたドキュメンタリー『私の心は負けていない』は、去る2009年に韓国で公開されている。

挺身隊対策協は、「現在、日本の『在日朝鮮人慰安婦を支援する集い』でハルモニの状況を各方面から調べていて、挺身隊対策協も外交通商部にハルモニの生存確認と救助要請を行っている」と話した。

NAVER 2011.3.14
HONEY MILK φ訳 2ch

追記: 無事が確認された。http://p.tl/2cwA なによりでした。韓国各紙の報道

日 대지진으로 위안부 할머니 행방불명

[아시아경제 김승미 기자]일본 사상 최악의 강진·쓰나미가 강타한지 사흘째, 사망자와 실종자가 5000여명이 넘어선 가운데 일본에 거주하는 위안부 할머니가 행방 불명 상태인 것으로 알려졌다.

14일 한국정신대문제대책협의회(이하 정대협)에 따르면 일본 대지진 피해 지역인 미야기현에 사는 송신도(89) 할머니는 지진이 난 이후 연락이 두절됐다.

충남 유성 출신인 송 할머니는 16살에 일본군에 끌려가 중국에서 위안부 생활을 강요당했으며 전쟁이 끝난 뒤 일본에서 재일교포와 결혼했다. 송 할머니는 일본에 위안부 피해자를 밝힌 유일한 생존자로 알려져 안타까움을 사고 있다.

송 할머니가 일본 정부를 상대로 사죄와 보상을 요구하며 10년 동안 법정 투쟁을 벌인 과정을 담은 다큐멘터리 '내 마음은 지지 않았다'는 지난 2009년 국내에서 개봉된 바 있다.

정대협은 "현재 일본의 '재일조선인 위안부를 지원하는 모임'에서 할머니 상황을 백방으로 알아보고 있으며 정대협 역시 외교통상부에 할머니의 생존 확인과 구조 요청을 하고 있다"고 말했다.

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2011/03/11

慰安婦ドキュメンタリー、米国人らが制作




この人とは、twitterで、ほんの少しだけやり取りをしたことがある。C・サラ・ソーの本も読んでいて、強制連行的なイメージではこの問題を捉えていない。韓国に来た当初はこの問題についてあまり知らなかったようなので、最近まではステレオタイプに染まっていたのだろうが、現在では、「慰安婦の碑」関連のニュースで何度か取り上げた米国人芸術家カバルロの認識に対しても、ブログ上で批判していたと思う。

最近、韓国のテレビで紹介されたとかなんとか「呟いて」いた。

カナダと米国から来た大学の英語講師2人が第2次世界大戦中に従軍慰安婦とされた韓国人女性を題材にしたドキュメンタリーを制作している。

普段から独島(日本名:竹島)や人権問題に関心を示したいたカナダ人の30代女性は4年前、韓国を紹介する旅行本で従軍慰安婦のことを知り、彼女たちをカメラに収めることを決めた。女性の恋人もその趣旨に共感し、慰安婦問題を内外に伝えるためのドキュメンタリー制作に加わった。

2人は2月、慰安婦問題解決を求めソウル・在韓日本大使館の前で毎週水曜に開催されている第958回目の集会に参加したほか、個人のホームページを通じ、募金活動も行っている。

同女性は「慰安婦問題に対する韓国人の関心と参加が徐々に減っているのは残念だ」と指摘しながらも、「この問題にきちんと向き合わないと、女性への人権侵害はいつでも発生し得ると思い、カメラを回した」と語った。

ドキュメンタリーは近く、個人ホームページで公開する予定だ。また、独島をテーマにしたドキュメンタリーも制作する計画も持っている。

YONHAP NEWS 2011.3.11

青い目の芸術家が慰安婦問題を訴える【米国】S.カバルロ



 韓国と日本(沖縄)以外で最初の「慰安婦の碑」として韓国でも注目された米国ニュージャージー州に建立されたモニュメント。デザインしたのは、米国人の絵かきだった。

彼にアドバイスしたキム・デシル。彼を支援した韓国人有権者センター(KAVC)。ひいては地元の自治体から反対論が出たのを韓国系の若者を動員して説得させたこと。完成した碑文には日本軍が20万人のアジアの女性を誘拐したとかなり史実を逸脱した内容が彫り込まれていたこと、などについては以前にエントリーしているのでリンク先を参照して下さい。

慰安婦とは彼が考えているような存在ではないと言う日本人と、ナヌムの家を訪れる純朴な日本の青少年の反応を比べ、日本の旧世代とは違うと感心(?)する様子は、米国自身が慰安婦の利用者であったことすら知らず、自国が日本に謝るように言ったことを誇りに思うなどと言い放ったアメリカ人劇作家Lavonne Muellerと同じタイプである。

当時の朝鮮人は強制的に日本名をつけねばならなかった。日本語を話さねばならなかったと語る彼らはけっきょく、韓国の公定史観の受け売りをしているだけ。

なぜ彼がこの問題に深く関わるようになったか。韓国政府の公式ウェブサイトであるコリア・ネットは昨年、「銅版プレートの製作は韓人作家ではなく、米 国人の作家に依頼した。慰安婦問題に対する米国内の世論の拡大に有利という判断からだ」と明かしている。これも真相の一部なのだろう。


2011年02月28日-- 「まだ生存しておられる従軍慰安婦ハルモニが一人でも生きておられる間に、この悲劇を広く知らしめたかったです。 この悲劇の被害者たちは彼女たちが体験したつらい記憶を世の中に知らせたいのです。 これを私がその方たちと共にして感じたのです」

三一節が目前に迫った中で米国のニュージャージーに居住する青い目の画家が私たちの民族的悲劇の従軍慰安婦問題を芸術的に昇華した作品を相次いで発表、展示し、さらに一歩進んで、最近では米国、ニュージャージーに直接本人がデザインした韓国の従軍慰安婦記念碑の建立を主導するなど米国で大きな反響を巻き起こしている。

話題の主役はスティーブン・カバルロ(Steven Cavallo,男、55才)氏だ。 スティーブン・カバルロ氏は昨年10月23日、彼が直接デザインした従軍慰安婦の記念碑を米国ニュージャージー州パラセイズ・パーク257 2nd Streetに建立した。 記念碑の前には戦争の犠牲の羊になった従軍慰安婦女性たちを追慕する新しい花束が置かれている。
 パラセイズ・パークの関係者を説得する学生(2010年夏)

「本当に多くの人々が助けられました。 特にKorean American Voters Council (KAVC,韓国人有権者センター)とパラセイズ・パーク市長のJames Rotundoが大いに助けてくれました。記念碑の建設費用は大体2000ドル程になりました。 地域レストランなどがレセプションのための食べ物を準備して下さり、基金募金者を通じて建設費を用意されました。 皆が一体になって動いた結果です。 カリフォルニア州の方からある知人からEメールを受け取りましたが、先にLAにも記念碑を建設する予定という話を聞きました。 もちろん記念碑建設に反対が全くなかったわけではありません。記念碑に反対した中の何人かは私に『従軍慰安婦の話は単に歴史一問の各夜昼こいつ、それほど重要ではないと! 単に脚注だけだ!』と話したこともありました」と話した。

彼は「私が初めて韓国の従軍慰安婦を知ることになった契機は、1992年子供向けの童話を描きながら偶然に強制収用所の絵をスケッチする作業中に、隣りに住んでいた韓国人の隣人を通じてでした。 第2次世界大戦中に従軍慰安婦のような残酷な行為があったという事実自体が私には非常に衝撃的でした」と話した。

スティーブン・カバルロ氏が当時なかなか理解できなかったのは、「従軍慰安婦」の事自体、米国で学校の歴史授業などで習う機会もなかったし、周辺で聞いてみることもできなかった点だった。 だが、彼にとって韓国の従軍慰安婦こそ戦争の惨状と悲劇を芸術的に形象化でき、彼の芸術魂を燃やすことができる立派な土壌だったという点だ。
 キム・デシルとカバルロ

スティーブン・カバルロ氏は「私は従軍慰安婦問題をさらに理解するために韓国キム・デシル先生の「沈黙の声(1999年)」という本を求めて読みました。 この本は過去の慰安婦女性たちの生き生きした証言が入れられた本でした。 私は当時キム・デシル 先生から直接従軍慰安婦に関するその方の講義を聞けたのに、キム先生の本とお言葉はその後私の作品になくてはならない土台になりました」と述懐した。

彼は「キム先生はドキュメンタリー形式で作ったフィルムを私にたくさん譲り渡しました。 本当に私には多くの助けを与えたでしょう。 Palisades Park図書館でフィルム上映会を通じて、私はこの悲劇的で歴史的な事実をさらに生き生き分かれたし私には多くの勇気と力を集中されました。 恐らく先生の助けなしでは私のプロジェクトはとても大変だったでしょう」と話した。

彼は戦争の惨状を表現するためにホロコースト、日本強制収容所、従軍慰安婦女性などを彼だけの水彩画で表現したがthe Kent State Shooting,and Kim Phuc fleaing from the Napalm attack in Vietnamなどの作品を描いた。 当時韓国の女性たちが体験しなければならなかった苦痛を表現するために“Once I was Beautiful,” “Once I was warm,”そして“Once I had dreams”という暗いシリーズをひき続き発表することになる。

スティーブン・カバルロは「私が残したこのシリーズ中に闇の中で縮めている女性たちの姿、日本の仮面を脱いだある女性の姿がありますが、この絵はその当時すべての韓国の人々は彼らの意志とは関係なく日本の名前を強制的に作らなければならなかったし、日本語で対話しなければならなかった。もし朝鮮語を使う場合に日本人たちからひどく殴られたという悲劇的現実を形象化したのです」と話す。

スティーブン・カバルロ氏は直接韓国に入国して生存している従軍慰安婦ハルモニと一緒に過ごしながらその時状況を直接入ることになる。 彼は「過去のつらい記憶を話す時は体をひどくぶるぶる震えるお婆さんもおられました。 だが恥じたり恥ずかしがるお婆さんは一人もなかったのです。 一度は私が京畿道広州のナムヌの家を訪問した時、20人余りなる若い日本の学生が団体で分け前に家を訪問したのに、私の考えでは多くの日本の人々、特に幼い二世たちの従軍慰安婦問題に対する態度は今の日本の既成世代とは大いに違うと思います」と話した。
 「日本帝国政府の軍隊により誘拐された20万人以上の女性」 

スティーブン・カバルロ氏は「米国にいる日本人たちと従軍慰安婦問題について話を交わしたことがありますが、彼らの大部分は慰安婦女性たちが軍人らから強制的に性暴行にあったのでなく本人意志で体を売った女性だと考える人々が多かったです。 私がその方にこのように話しました。 「もしあなたが被害者女性たちと顔を突き合わせてその人々の苦痛を直接見ることができるならば強制的に性暴行にあって被害を受けた人々というものを全身で感じるはずだ」と応酬したのを思い出します」と話した。

スティーブン・カバルロ氏は今年韓国の光復節に合わせてニューヨークのクィーンズのある大学の招請で展示会を開く予定だ。 場所はクィーンズ コミュニティカレッジ・ホロコーストセンターだ。 その前に、イングルウッド・ニュージャージーにある芸術公演センターのポゲン パック(Performing Arts Center)で5月に展示会を計画しており、2月にはニューヨークのフラッシングにあるギャラリー予感で同じ主題で展示会をした。 既存には水彩画作業をしたが、最後の2月展示では油絵の作品を披露し好評だった。 今後も従軍慰安婦に関する作品をミュージアムやギャラリーで展示する計画だ。
 「良心的」教師に「正しい歴史」を学んだ日本人の若者も多い

スティーブン・カバルロ氏の妻は事実春川(チュンチョン)出身の韓国女性だ。 自然に韓国文化に馴染んでおり、一緒に仕事をする作家の大部分は韓国人だ。 彼が共にする多くの集い中少なくとも半分以上は韓国の人であるほどだ。 彼は「私は韓国の食べ物マニアです。 特に妻がする韓国食べ物はあきれますね。 特にビビンパとカルビ、三枚肉、雑菜(チャプチェ)などが好きです。 韓国のアリランのような伝統音楽はなぜか音調が弱々しくて繊細で時々聞きます」と話した。

彼は「私一人だけがひたすら韓国の人でないという考えはしてみたことがありません。 ある程度の時間が流れた後、今は人が持っているいかなる背景も見なくなって私たち皆は芸術家で友人です。 芸術は全てのものを一つにします。 私の芸術に最も大きな影響を及ぼした人として、私の妻を上げられます。 私たちは作品を下記転科する間にも多いことらを相談します。 また、私の妻は数多くの私の作品に登場するモデルです。 韓国に対する影響でこれよりより大きい影響はないでしょう」と話した。

スティーブン・カバルロ氏は1956年米国、ニュージャージーで生まれ、現在の韓国人妻と膝下にジュリーとヒェジ(?)二人の娘を置いている。 彼はニューヨークのマンハッタンにある視覚芸術学校とSVA(School of Visual Art)で絵勉強を始め、偉大な芸術家であるTom Dalyから多くのことを学んだ。 1970年~1990年代は商業芸術家として仕事をし、1999年度に商業芸術が退化し、正式な芸術家に切り替えた。 1997年にアンドリュー・チャン教授とファン・ラン氏に会うことになりながら韓国芸術家たちを助け始め、現在はPalisades Park図書館の中にある限りギャラリーのキュレーターとプログラマーで仕事をしている。 去る20年余りの間数多くの展示会を持ったことがある。

Newswire 2011.2.28

2011/03/10

動画コレクション 朗読 V-Day 2010 Busan



この動画では、慰安婦問題だけでなく韓国の人身売買・性搾取の問題も取り上げている。

V-Day 2010 Busan - Comfort Women



Kendra Sundal presents 'Comfort Women" at a V-Day Benefit Performance of The Vagina Monologues: Busan 2010 koreabridge.net/videos/vday-busan-2010


[BU ho2]

動画コレクション 劇 Vagina Monologues





Vagina Monologues - Comfort Women performed by Sheila




When I directed the show, I was lucky enough to get a very talented asian actress on campus to do this piece. It was one of the most touching, moving, and unforgettable things I've ever witnessed. She was so emotional and passionate, but in a subtle way...tears gently rolling down her face, and then the emotion rising near the end where she's begging for the apology, slowing turning into screaming and crying "SAY IT!"...there wasn't a dry eye in the house.
SexyBaby123ABC


I directed the VMs the year this piece came out. I divided the lines between my cast members... with all of them saying the "We are sorry! Say it!" parts.

It was pretty powerful with 25 women...

But this woman alone was great.
NikLotus84



[BU ho2]

2011/03/09

土肥隆一議員、韓国議員と共同宣言【平和憲法・竹島・慰安婦・サハリン】



日韓の真の友好と未来指向の関係を念願する者にとって、こういう善良な日本人が周辺国からその人の良さにつけ込まれ利用され、外交問題を拗らせているという現実に毎度のことだが、溜息を禁じえない。

サハリン在留韓国人の問題は、韓国側の主張する「日帝による強制連行」というイメージに反論も出ている。自分はこの問題には疎いので、深入りは出来ないが、新井佐和子の本などを読むと、これも慰安婦問題と構図が同じであるような気がしてくる。実際、サハリンの朝鮮人の問題は慰安婦騒動の前章のような存在で、高木健一弁護士などが深く関わっていた(高木健一・サハリンでググって下さい)。また高木を敬愛する仙谷由人前官房長官、さらには仙石のルートからこの問題に目覚めたのが鳩山由紀夫前総理大臣である。東亜日報がその事を記事にしていたこともある。

自分は鳩山も土肥(写真左の人物)も善人だと思うし、彼らには反日活動に加担している積りはないのだろう。しかし、本当にこういった人々には困るのである。

韓日キリスト教議員たちは3・1記念日を2日後に控えた27日、「韓国と日本両国が和解と平和の未来指向的な関係をひらいて東アジアと世界平和に寄与しなければならないのに同意を集めなければならない」と強調した。

韓日キリスト教連盟韓国側会長民主党キム・ヨンジン議員と日本側会長土肥隆一議員、韓国国会朝食会祈祷会長であるハンナラ党のファン・ウヨン(ファン・ウヨ?)議員などはこの日午後国会でこのような共同宣言文を発表し、日本政府に過去に対する謝罪、軍国主義復活の中断、歴史正しく立て直す事などを要求した。

彼らは「日本は恥ずかしい過去に対し、言葉(?)だけでない責任ある行動を通じて過去の歴史の真相を糾明して被害者に対する実質的な賠償措置をしなければならない」と主張して「現在においても、日本軍慰安婦サハリン強制徴用被害者など歴史の被害者らは苦痛と傷をそれでも抱いたまま亡くなっている」と指摘した。

引き続き「日本は平和憲法改正と軍事大国化を通した軍国主義復活の試みを直ちに中断しなければならない」として「日本は過去の過ちにより隣国が持っている憂慮と不安を払拭させなければならない責任がある」と話した。

また「日本政府は歴史教科書の歪曲と独島(竹島)領有権主張で後世に誤った歴史を教えて平和を害しようとする試みを直ちに中断しなければならない」として「歴史を正しく記録して教育するのは、誤った歴史の反復を防止して過去から教訓を得て平和な未来をひらくために必ず必要なこと」と力説した。
Newsis2011.2.27


これも先月のニュースで、放置して置いたものなのだが、産経も取上げたので予定を変更してエントリーにした。

今日の産経の記事によると、 土肥は当日「式典の前に『この共同宣言を発表したい』と日本語訳が添付された宣言文案を渡され、内容を確認して了承、共同会見に臨んだ」という。またこうも言っている。「この議連は本来、キリスト教的精神で日韓問題を考えようという趣旨のもの。どちらか一方だけが悪いということにはならないはずだが、韓国では竹島、慰安婦、教科書、靖国に対する自国の主張を述べないと、日本と向き合ったことにならない」。

土肥のような日本人は物分りが良すぎるのである。

同じく産経によると、日韓キリスト教議員連盟はキリスト教信者の両国の国会議員によって約11年前に発足。日本側は7人程度だが、韓国は国会議員の3分の2にあたる約150人が所属しているとのことである。 

しかし、土肥の言うように、韓国のこだわりの代表的な物が「竹島、慰安婦、教科書、靖国」問題であるとすれば、日韓の和解もそう難しいものではないかもしれない。なぜなら、これらは、竹島問題を除けば主に日本の進歩派がでっち上げた問題ばかりだからだ。逆に言えば、日本の進歩派がいかに日韓友好の障害を作って来たかという事である。

追記: 共同宣言全文   

追記: 日韓キリスト教議員連盟が日王にお辞儀をした米大統領に謝罪を求める。dongA.com(土肥隆一の名前もある)韓日キリスト教議員連盟「友愛・協力へと進もう」 Wow! Korea 2009年 

追記 関連エントリー:高木健一 韓国で人権賞 (ここにもファン・ウヨ議員の名) 

한일 기독의원들, 3·1절 맞아 양국 화해·평화 기원

한일 기독 의원들은 3·1절을 이틀 앞둔 27일 "한국과 일본 양국이 화해와 평화의 미래지향적인 관계를 열어가고 동아시아와 세계평화에 기여해야 하는 데 뜻을 모아야 한다"고 강조했다.

한 일 기독연맹 한국측 회장 민주당 김영진 의원과 일본 측 회장 류이치 의원, 한국 국회조찬기도회장 한나라당 황우영 의원 등은 이날 오후 국회에서 이 같은 공동선언문을 발표하며 일본 정부에 과거에 대한 사과, 군국주의 부활 중단, 역사 바로 세우기 등을 요구했다.

이들은 "일본은 부끄러운 과거에 대해 말뿐이 아닌 책임 있는 행동을 통해 과거사의 진상을 규명하고 피해자에 대한 실질적인 배상 조치를 해야 한다"고 주장하며 "지금도 일본군 위안부, 사할린 강제징용 피해자 등 역사의 피해자들은 고통과 상처를 그래도 껴안은 채 유명을 달리하고 있다"고 지적했다.

이어 "일본은 평화헌법 개정과 군사대국화를 통한 군국주의 부활시도를 즉각 중단해야 한다"며 "일본은 과거의 잘못으로 인해 이웃 국가들이 갖고 있는 우려와 불안을 불식시켜야 하는 책임이 있다"고 말했다.

또 "일본 정부는 역사교과서 왜곡과 독도영유권 주장으로 후세에게 잘못된 역사를 가르치고 평화를 해치고자하는 시도를 즉각 중단해야 한다"며 "역사를 올바로 기록하고 교육하는 것은 잘못된 역사의 반복을 방지하고 과거로부터 교훈을 얻어 평화로운 미래를 열어가기 위해 반드시 필요한 일"이라고 역설했다.

2011/03/08

大学生によるハルモニ・エコバッグ第二弾


大学生がハルモニを支援する目的でエコバッグを開発して、商用ルートに乗せたというニュースは以前紹介した。この度、そのエコバッグの第二弾が発表された。前回より可愛らしいデザインになっている。

昨年の第一弾は450/500が売れたという。

「慰安婦被害ハルモニたちの「モッタ咲いた花」をパッと吸って差し上げたいです。 辛い歴史の生き証人が消えるのは私たち皆の悲しみですから。"春雨がおりた先月27日午後ソウル、城北区(ソンブクク)、安岩洞(アナムドン)のとあるコーヒーショップ.

地域社会生活の質を高めるために大学と企業が協力してプロジェクトを推進する非営利団体サイプ(SIFE・Students In Free Enterprise)所属大学生らがピンク色の大きな花がぶら下がったカバンを持って集まった。 商品名は「Blooming Bag」だ。

花の立体感を点検したチョン・ヒョニョン氏(25・高麗(コリョ)大)は「花はハルモニたちの奪われた青春を象徴している」として「若い世代の『優しい消費』を通じ、ハルモニの『花』を共に吸おうという意味をこめて三一節に合わせて新しく製作した商品」と説明した。

234人中生存者75人. 平均年齢86才. 数字で見た慰安婦被害ハルモニたちの現住所だ。

「韓日過去の歴史清算意志を見せない日本政府の謝罪と補償を受ける前まで絶対に死なない」という最後の夢をついに成し遂げられずに亡くなったハルモニが3分の1を越えた。

女性家族部によれば現在の生存する日本軍慰安婦被害者の中で90%以上が75~90才高齢の上に当時被害による病気でからだの具合が悪くて大部分一人で暮らすから経済的支援も切実だ。 「何年か過ぎればおばあさんらの証言まで直接聞くことができなくて慰安婦イシューが埋もれてしまうかも知れません。 慰安婦イシューを着実に知らせておばあさんらを経済的に助けることができる方法を探してみたかったです」。

慰安婦ハルモニたちの消えうせた夢を代わりに成し遂げると出た大学生らの抱負だ。

このように2009年末組まれた高麗大サイプ デザインチームは慰安婦ハルモニたちが集まって住む国内唯一の憩い場の京畿道広州市素材ナムヌの家を探した。 チョン・ヒョニョン氏は「慰安婦問題を広報しようとするなら安定した収入源確保が必要だが当時ナムヌの家は財政の80%以上を寄付金に依存していた」として「年間訪問者が1万人を越えるのにもマグカップ、ティーシャツなど当然な記念品がなくて記念品事業活性化プロジェクトをローンチした」と話した。 会員たちは喜んで歩き回った。 往復四時間以上かかったがタクシーとバスに乗り換えて一月に一度慰安婦ハルモニたちを探した。

半年の間、週に2~3回ずつ集まって歴史勉強をするなど会議を繰り返して「花を咲かせる」というコンセプトのエコバックをアイテムに定めた。 近隣中・高等学校などを訪問して100人超えてアンケート調査を行ったしカバンに印刷する図案を持って生産業者を探すために足がすりへるように東大門市場も飛び回った。 昨年末初めて製作されたカバンは500個の中で現在まで450個以上売れた。 そして最近去る1年近く準備した第二弾のエコバックがいよいよ完成した。

今回の三一節はより一層意味深い日になった。 朴氏は「三一節に合わせて新しいデザインのエコバック200枚生産を終えてナムヌの家で開かれる追慕祭の時販売ブースを設置して100個をリリースすることにした」と明かした。

MKニュース2011.2.28

일본이 무참히 꺾은 위안부할머니의 꽃…우리가 피워드려요

"위안부 피해 할머니들의 `못다 핀 꽃`을 활짝 피워드리고 싶습니다. 아픈 역사의 산증인들이 사라지는 것은 우리 모두의 슬픔이니까요." 봄비가 내린 지난달 27일 오후 서울 성북구 안암동의 한 커피숍.

지역사회 삶의 질을 높이기 위해 대학과 기업이 협력해 프로젝트를 추진하는 비영리 단체 사이프(SIFEㆍStudents In Free Enterprise) 소속 대학생들이 분홍색의 커다란 꽃이 달린 가방을 들고 모였다. 상품명은 `블루밍 백(Blooming Bag)`이다.

꽃의 입체감을 점검하던 정현영 씨(25ㆍ고려대)는 "꽃은 할머니들의 빼앗긴 청춘을 상징한다"며 "젊은 세대의 `착한 소비`를 통해 할머니의 `꽃`을 함께 피우자는 의미를 담아 삼일절에 맞춰 새로 제작한 상품"이라고 설명했다.

234명 중 생존자 75명. 평균 연령 86세. 숫자로 본 위안부 피해 할머니들의 현주소다.

`한일 과거사 청산 의지를 보이지 않는 일본 정부의 사죄와 보상을 받기 전까지 절대로 죽지 않겠다`는 마지막 꿈을 끝내 이루지 못하고 세상을 떠난 할머니들이 3분의 1을 넘어섰다.

여성가족부에 따르면 현재 생존하는 일본군 위안부 피해자 가운데 90% 이상이 75~90세 고령인 데다 당시 피해로 인한 질병으로 몸이 불편하고 대부분 혼자 살기 때문에 경제적 지원도 절실하다. "몇 년만 지나면 할머니들의 증언마저 직접 듣지 못하고 위안부 이슈가 묻힐지도 모릅니다. 위안부 이슈를 꾸준히 알리고 할머니들을 경제적으로 도울 수 있는 방법을 찾아보고 싶었습니다."

위안부 할머니들의 스러진 꿈을 대신 이루겠다고 나선 대학생들의 포부다.

이렇게 2009년 말 꾸려진 고려대 사이프 디자인팀은 위안부 할머니들이 모여 사는 국내 유일한 쉼터인 경기도 광주시 소재 나눔의 집을 찾았다. 정현영 씨는 "위안부 문제를 홍보하려면 안정적인 수입원 확보가 필요한데 당시 나눔의 집은 재정의 80% 이상을 기부금에 의존하고 있었다"며 "연간 방문자가 1만명이 넘는데도 머그잔, 티셔츠 등 마땅한 기념품이 없어 기념품 사업 활성화 프로젝트를 론칭했다"고 말했다. 회원들은 기꺼이 발품을 팔았다. 왕복 네 시간 이상 걸렸지만 택시와 버스를 갈아타며 한 달에 한 번 위안부 할머니들을 찾았다.

반년 동안 일주일에 두세 번씩 모여 역사 공부를 하는 등 회의를 거듭해 `꽃을 피운다`는 컨셉트의 에코백을 아이템으로 정했다. 인근 중ㆍ고등학교 등을 방문해 100명 넘게 설문조사를 벌였고 가방에 인쇄할 도안을 들고 생산 업체를 찾기 위해 발이 닳도록 동대문시장도 뛰어다녔다. 작년 말 처음 제작된 가방은 500장 가운데 현재까지 450장 이상 팔려 나갔다. 그리고 최근 지난 1년 가까이 준비한 두 번째 에코백이 드디어 완성됐다.

이번 삼일절은 더욱 뜻깊은 날이 됐다. 박씨는 "삼일절에 맞춰 새로운 디자인의 에코백 200장 생산을 마치고 나눔의 집에서 열리는 추모제 때 판매 부스를 설치해 100장을 선보이기로 했다"고 밝혔다.

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