2016/01/31

合意潰しに送り込まれた慰安婦に、竹内絵美「生きた言葉」

竹内絵美(今回のリポートと無関係)
「戦争中に何があったのか。・・・生きた言葉に耳を傾け・・・私なりに解決の糸口を模索したいと思います」

日韓合意破棄を狙いナヌムの家が日本に送り込んだのが、イ・オクソンとカン・イルチュル。彼女たちの話を聞いたテレビ朝日のアナウンサー竹内絵美の感想がこれ。ブロガーであるくっくりさんのRTで知った。

残念ながら、竹内アナが聞いたのは生きた言葉などではない。彼女らは、政治団体の主張を代弁しているに過ぎない。慰安婦団体が日本で日韓合意破棄を訴えても人は集まらない。しかし、ハルモニが「証言」するとなれば、何百人も集まるのである。

「日本は朝鮮を火の海にして、私たちを中国に連れて行った」

どちらかは分からないが、慰安婦の一人はこの日「日本は朝鮮を火の海にして、私たちを中国に連れて行った」と聴衆に語った(毎日新聞のニュース動画 [2])。イ・オクソンなどは万事この調子で、慰安所には高圧電流が張り巡らされていたとか、特に海外メディアに対しては抑制がきかないようである。

日本であれば誇張は逆効果になるから、支援団体が抑えさせているのだろう。竹内アナが「話し始めは控えめな印象」を受けたと言っているのは、そのせいかもしれない。当日「歩くのがやっとの私たちが、なぜここまで来て話をするかを考えてもらいたい」と語ったということだが、彼女は海外(証言)旅行を楽しみにしており体調を気遣う支援者が止めても聞かない。なお、火の海発言に対して朝鮮戦争の慰安婦ではないかという指摘をツイッターで頂くが、彼女が貧困家庭の出で、太平洋戦争中、慰安所かそれに類する場所で苦労したのは事実なのだろうと思う。ただ、彼女はほら吹きなので信用出来ないのである。

4年前、朝日新聞の阿久沢悦子記者が、「ハルモニ」の来日に興奮してツイッター上で橋下市長に暴言を吐き炎上。ツイッターの利用中止に追い込まれるという事件があった。竹内絵美ともども、ジャーナリストには性格的に向いていないのかもしれない。

※ 「火の海」発言がどちらの発言かハッキリしないので、文章を一部修正した。

生きた言葉に耳を傾ける

今日は番組ではお伝えできませんでしたが、集会に行ってきました。
昨日、韓国から来日した元慰安婦の皆さんの集会で、
テーマは『今つたえたいこと』です。

会場には学生や報道陣を含めて日本人など200人以上が集まり、
元慰安婦の姜日出(カン・イルチュル)さんと
李玉善(イ・オクソン)さんの
思い出すのも辛い・・・と言葉を絞りだすように話す体験談に
聞き入りました。
お二人は現在89歳と90歳で、
話し始めは控えめな印象もありましたが、
話が“どんなに慰安所で酷い扱いを受けたか”という核心に迫ると、
スピーカーから響く声が割れんばかりに語気を強めていました。
お二人は、
慰安婦問題をきちんと終わらせなければ、若い世代が健全な交流を出来ない
同じことが繰り返されてはならない
という思いで来日し大阪でも集会を開くそうです。
また、昨年12月28日の日韓合意は
当事者の皆さんに事前に何の説明も合意もなく結ばれたと、
とても残念な思いをしたそうです。
そして、講演をした中央大学の吉見先生は、
日本政府出資の10億円は「支援金であり賠償ではないことから、
日本が法的責任を認めていない」という点や、
加害者側の日本が少女像の撤去を要求していることなどを指摘していました。
元慰安婦の皆さんは、今回集会で体験を伝えるだけでなく、
安倍総理と目を合わせて話をすることを要望しています。
望んでいるのは、お金ではなく公的謝罪なんだとも話しています。
戦後70年を迎えた昨夏、戦争の体験者が高齢になり
生きた証言を聞く機会が徐々に少なくなってきていることを実感しました
戦争中に何があったのか
本や資料を見るのではなく、生きた言葉に耳を傾け、
子供たちの未来のためにも
私なりに解決の糸口を模索したいと思います。

報道ステーション 「現場リポート」2016.1.26 竹内絵美[2]

2016/01/27

天皇訪問中のフィリピンで慰安婦団体がデモ


反日というより反米

元慰安婦の支援者ら、マニラで集会 「謝罪と補償を」

太平洋戦争中、「旧日本軍の慰安婦にされた」と主張する女性とその支援者が27日、フィリピンの首都マニラの大統領府近くに集まり、日本政府に「公式な謝罪と補償を」と訴えた。フィリピン訪問中の天皇、皇后両陛下が、大統領府でアキノ大統領と会見するタイミングに合わせた。

抗議行動は、元慰安婦の支援団体「リラ・ピリピーナ」などが呼びかけた。アキノ大統領は慰安婦問題について「日本は義務を果たし終えている」との立場だが、団体は「慰安婦たちは公式な謝罪や賠償金を受け取っていない」と主張している。

両陛下訪問前の22日に現地で記者会見した同団体のナルシサ・クラベリアさん(85)は「性的被害を受けた女性に正義を与えて欲しい。若いときに失った尊厳は償われていない」と訴えた。同団体には一時174人の元慰安婦が登録されていたが、高齢化し、104人は死去したという。

朝日 2016.1.27[2]

韓国人記者 「安倍首相は矛盾していなかった」

記事を書いたのは、
国際部のキル・ユンヒョン記者

ハンギョレ紙の東京特派員が日本政府の真意を正確に読者に解説しているのを見て、軽く目を見張った。日本政府の真意を理解し得た初めての韓国の新聞記者かもしれない(分かっていて、トボけているのもいそうだが)。河野談話から実に四半世紀も経って漸く。

(日本政府は)犯罪を犯した主体、すなわち省略された主語は「業者」であり、軍や日本政府ではないことから、日本政府に「法的責任」はなく、「道義的な責任」があるだけという立場を維持している

日本軍が・・・「強制連行」を「直接示すような記述は見られなかった」と言うことは、政府の従来の立場を改めて確認したのに過ぎない

これはこの通りで、この日本政府の真意が、国外に伝わらないのはナゼなのか?キル記者は、「コミュニケーション方式の違い」による誤解と言うが、少なくとも主因ではないだろう。河野談話から一貫して日本政府の言うことが曖昧なのは、韓国政府や慰安婦の顔を立てたからである。

日本政府(軍)が犯罪を行ったわけではないが道義的な責任は感じている、そう言えば良かったのだが、いらぬ配慮をした結果が「(業者による)強制性」(≠強制連行)を認めた河野談話であり、河野談話の呪縛から逃れられない安倍政権もまた、曖昧な言葉で韓国政府と手打ちせざるを得なかった。ただし、問われれば強制連行の証拠なしとした2007年の閣議決定を、これも肯定せざるを得ない。だから安倍首相(日本政府)の言動はまったく矛盾していない・・・という事にキル記者は気づいたわけである。

東京に赴任してから2年が過ぎ、改めて感じることだが、韓日両国の関係悪化をもたらした真の理由は、両国国民のコミュニケーション方式の違いにあるのではないかと思う。特に、間接話法や引用句、あいまいな語尾の処理などで塗り固められた日本の政治家たちの話を聞いていると、今でもあの人は何を言っているのか、混乱する場合が多い

確かに、韓国への配慮であっても河野談話後の追加措置として日本政府はもう少し明確に出来たはずである。何について認め、何について謝ったのかを。また政府がハッキリしないのをいい事に、日本の「強制連行派」や海外の反日屋が河野談話を悪用した影響も大きい。

河野談話の明確化など、今からでも日本政府がやれる事はあるはずである。



[...]安倍首相は、今月18日の参議院予算委員会で「今まで『政府が発見した資料には、軍や官憲による強制連行を直接示すような記述は見られなかった』という立場を2007年に閣議決定した。この立場に何ら変更はない」、「(今回の合意を関して)戦争犯罪のたぐいのものを認めたわけではない」と述べた。この発言を19日付の中央日報などが大きく報道し、野党の「共に民主党」は「先月の韓日慰安婦合意が無効であると宣言したことに他ならない」と批判した。

安倍首相は、12・28合意を否定したのだろうか?そうではない。

(中略)

しかし、人身売買という犯罪を犯した主体、すなわち省略された主語は「業者」であり、軍や日本政府ではないことから、日本政府に「法的責任」はなく、「道義的な責任」があるだけという立場を維持している。結局、日本が認める“責任”とは、人身売買という犯罪を犯した業者を適切に管理・監督できなかった道義的、二次的な責任にとどまる

そのため、安倍首相が、日本軍が戦争犯罪に当たる「強制連行」(人間狩りをするように髪の毛を引っ張っていくこと)を「直接示すような記述は見られなかった」と言うことは、政府の従来の立場を改めて確認したのに過ぎない。つまり、「強制性=道義的な責任=(業者による)人身売買」は認めるが、「強制連行=法的責任=戦争犯罪」は認めないということだ。安倍首相としては認めたことがないため、事実上、覆すものもない。

この点を見直してみると、12・28合意を通じて韓国政府が慰安婦問題に対する日本政府の認識を変えたのは、事実上何もないという結論を下さざるを得ない。

ハンギョレ(一部) 2016.1.21[全文]

2016/01/25

世論調査 合意評価6割、再燃懸念8割


慰安婦問題「再び懸案になる」81.2% 韓国への不信感浮き彫り

産経新聞社とFNNの合同世論調査では、日韓両政府が慰安婦問題で「最終的かつ不可逆的な解決」を確認した昨年12月の合意について「評価する」との回答が59.7%に上った。一方で、慰安婦問題が「再び日韓両国間の懸案になると思う」との回答は81.2%に達した。世代別では20~40代で男性は8割以上、女性は9割以上が問題再燃への懸念を示し、若い世代ほど慰安婦問題をめぐる合意に不信感を抱いている現状が浮かび上がった。

支持政党別では、日韓合意を「評価する」と回答したのは自民党支持層で67.9%。民主党支持層で53.6%で、公明党支持層では56.9%だった。生活の党と山本太郎となかまたちを除く主要政党の支持層で5割を超えた。安倍晋三首相の歴史観に批判的な共産党の支持層でも50.9%社民党の支持層では70.0%に達した。世代別では、20代の女性を除く男女の全世代で5割以上が評価。60代以上の男性が72.9%と最も高かった。


産経新聞社とFNNの合同世論調査では、日韓両政府が慰安婦問題で「最終的かつ不可逆的な解決」を確認した昨年12月の合意について「評価する」との回答が59.7%に上った。一方で、慰安婦問題が「再び日韓両国間の懸案になると思う」との回答は81.2%に達した。世代別では20~40代で男性は8割以上、女性は9割以上が問題再燃への懸念を示し、若い世代ほど慰安婦問題をめぐる合意に不信感を抱いている現状が浮かび上がった。

元慰安婦の支援事業のため韓国政府が設立する財団に日本政府が10億円を一括拠出することに関しては、男女の全世代の5割以上が「在ソウル日本大使館前の慰安婦像が撤去されてから拠出すべきだ」と回答。最も高かった40代男性は71.1%に上り、男性はその他の世代でも6割を超えた。女性も57.5%だった50代を除いては、どの世代も60%台だった。

一方、慰安婦問題が今後も両国間の懸案として再燃することに懸念を示したのは、男女ともに全ての世代で7割以上に上った。最も高かったのは女性20代の95.0%で、女性の30代と40代はともに90.8%だった。男性で最も高かったのは20代の84.1%で、女性の方が問題の再浮上に対する懸念が強い傾向だった。

産経 2016.1.25

合意無効訴え慰安婦が来日 

反日団体に利用され



日韓合意を破棄させようとナヌムの家の慰安婦、イ・オクソンカン・イルチュルが日本にやってくる。日韓関係改善の芽を摘もうとする彼女たちを受け入れる勢力が日本には存在するということでもある(慰安婦自身は利用されているだけ)。衆議院議員会館で証言集会に、どの党のどの議員が出席するか要注目。共産党ですら「合意」を歓迎しているのである。合意に対して沈黙している福島瑞穂は姿を現すか?

運動に都合の悪いことがあると、ナヌムの家から「ハルモニ」が派遣される。アメリカへ派遣される者がいるかと思えば、ヨーロッパに派遣されたり日本に派遣されたり。とはいえ、いつも同じ顔ぶれ。4、5人の中で回しているだけ。彼女たちを見ていると、毎週、どのヤッターメカが出撃するのか期待に胸を躍らせながら見ていたヤッターマンを思い出す。

慰安婦ハルモニ、日本訪問する…「韓日合意」無効宣言を予定
昨年12月28日韓日慰安婦問題合意以降初めて、日本軍慰安婦被害ハルモニが25日、日本を訪問し慰安婦被害の惨状を証言する。

京畿道広州のナムヌの家で生活するイ・オクソン(90)、カン・イルチュル(89)ハルモニはこの日、朝9時に出国し7泊8日の日程で日本の東京と(?)大阪を訪問し、記者会見と証言会に参加する。

これに先立ち、二人のハルモニはソウル日本大使館の前で13日に開かれた水曜集会で韓日政府間の合意案無効化を宣言した。

ハルモニは26日の午前10時に東京の衆議院第1議員会館で記者会見を行い、午後2時に衆議院会館大会議室へ場所を移し、被害惨状を証言して日本政府の謝罪を要求する予定だ。

引き続き、27日に東京全国労働連合会館、29日には大阪救民センター、30日大阪リーガロイヤルNCBセンター、31日大阪社会福祉会館でそれぞれ証言する。

光州のナムヌの家関係者は「二人のハルモニは慰安婦被害惨状を証言し、韓日政府の合意案無効を宣言する予定」であり「日本政府は慰安婦に対する犯罪認定と法的賠償を促す予定」だと述べた。

ニューシス 2016.1.24[2]


<元慰安婦>来日し記者会見、日韓合意に反対訴え

元慰安婦の韓国人女性2人が26日、東京の衆院議員会館で記者会見し、慰安婦問題を巡る日韓両政府の合意について「被害者の意思も聞かずに妥結した」と批判し、改めて合意への反対を訴えた。

2人は、ソウル近郊の施設「ナヌムの家」で暮らす李玉善(イ・オクソン)さん(88)と姜日出(カン・イルチュル)さん(87)。昨年末の合意以降、元慰安婦が来日するのは初めて。

李さんは「一体被害者はどこにいたのか。正しい合意かどうか皆さん自身で考えてほしい」と語った。姜さんも「きちんとした謝罪を抜きにして合意は成り立たない」と不満を述べた。

また、2人は安倍晋三首相が国民を代表して元慰安婦と面会し、直接謝罪してほしいと訴えた。

昨年12月の日韓合意を巡っては、一部の元慰安婦らが強く反発。李さんらは会見で、韓国政府が設立した財団に日本政府が拠出する10億円の資金は「法的賠償とは受け止められない」とした。ソウルの日本大使館前に設置された慰安婦を象徴する少女像の撤去についても「許されない」と反対する意向を示した。

同席した「ナヌムの家」の安信権(アン・シンクォン)所長は、合意が慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」とされたことを「加害者中心の用語であり、問題を早く終わらせたいという思いが込められている」と批判した。

毎日 2016.1.26[2]

위안부할머니, 일본 방문한다…'한일 합의' 무효 선언 예정

김기원 기자 = 지난해 12월 28일 한일 위안부 문제 합의 이후 처음으로 25일 일본군 위안부 피해 할머니들이 일본을 방문해 위안부 피해 참상을 증언한다. 

경기 광주 나눔의 집에서 생활하는 이옥선(90), 강일출(89) 할머니는 이날 오전 9시 출국해 7박8일 일정으로 일본 도쿄과 오사카를 방문해 기자회견과 증언회에 참석한다.

앞서 두 할머니는 지난 13일 서울 일본대사관 앞에서 열린 수요집회에서 한·일 정부간 합의안 무효화를 선언했었다. 

할머니들은 오는 26일 오전 10시 도쿄 중의원 제1의원회관에서 기자회견을 열고 오후 2시 중의원회관 대회의실로 자리를 옮겨 피해 참상을 증언하고 일본정부의 사죄를 요구할 예정이다.

이어 27일 도쿄 전국노동연합회관, 29일 오사카 구민센터, 30일 오사카 리가로얄NCB센터, 31일 오사카 사회복지회관에서 각각 증언한다.

광주 나눔의 집 관계자는 "두 할머니는 위안부 피해 참상을 증언하고 한·일 정부의 합의안 무효를 선언할 예정"이며 "일본 정부는 위안부에 대한 범죄인정과 법적 배상을 촉구할 예정"이라고 했다.

2016/01/23

米シンクタンクでパク・ユハが持論 墓穴を掘ったハルモニ

笑顔の反日家ダデン教授(中央)
孤独な戦い?パク教授(右)

パク・ユハ教授が世界で十指に入るシンクタンクが主催したシンポジウムで自身の慰安婦論を開陳する機会を得たのは、彼女の在宅起訴がキッカケだろう。朝鮮(韓国)人慰安婦は日本の兵隊と同志的関係にあった、少なくとも朝鮮半島においては日本軍による強制徴用は無かった・・・安倍晋三を支持する歴史修正主義者の戯言と信じていたことが韓国人の女性研究者の口から語られるのを聞いて、アメリカの識者は目を回したに違いない。なにしろこの分野の研究では、アメリカは大きく遅れているのである。

訴訟乱発で意に沿わぬ言論を抑圧して来たが、
今回は、墓穴を掘ったか(2014.6

運動家らが「ハルモニ」を利用し、法的手段で意に沿わぬ者の口を封じようとするのはいつも事だが、日本の「良識派」とも親交のあるパク教授を標的にしたことで、事態は思わぬ方向へ。朝日新聞などが英字版(社説)で起訴を批判し、ニューヨーク・タイムズがパク教授の慰安婦論を取り上げ、アメリカのシンクタンクが彼女に注目した。「ハルモニ」たちは、墓穴を掘ったのだ。

とはいえ、アメリカではまだまだ天動説が主流。産経の記事にはないが、アレクシス・ダデンの他にも彼女と一緒に187人声明を主導したジョルダン・サンドや、自国(米軍)の慰安婦利用を知らずか、他国も同じ事をしたなどと言い訳するなと日本に説法した(他にもピンボケ発言あり)マイク・モチヅキも参加している。「米国でこの問題に関心を持っている方は(支援)運動側に関心を持ってきたので、私の議論には批判的なのだろう」というパク教授の言葉は、ダデン教授だけを意識したものではなかったのではないか?

なお、このシンポジウムが開催されることについて、韓国の聨合ニュースは、「討論が日本側に有利な方向へ展開されるのではないか」と懸念を示していた(1月6日)。しかし、パク教授とアメリカの学者では、知識と理解度に差があり過ぎる。ただ一度のシンポジウムでアメリカの蒙を啓くことは不可能だろう。それでも、アメリカにも確実に変化の兆しが・・・。

「帝国の慰安婦」著者がワシントンで講演 「政府の声を唯一とするな」 学術的立場から冷静な議論を

慰安婦問題を扱った書籍「帝国の慰安婦」をめぐり在宅起訴された著者の朴(パク)裕河(ユハ)・韓国世宗大教授が11日、ワシントンのシンクタンクが開いた日韓関係に関するシンポジウムで同問題に関し、「政府の声を唯一の声とせず、ナショナリズムを人々の利益に優先させないことが重要だ」と述べ、学術的立場からの冷静な議論を呼びかけた。

朴氏は、かつて日本が設立したアジア女性基金から60人の元慰安婦が「償い金」を受給したと指摘。韓国人の多くがこうした事実を知らないと述べた。

また、強制的に慰安所に連行されたわけではなく兵士を支援したと証言した元慰安婦の存在を挙げ、「韓国ではメディアが一方向で特定の見方に迎合する傾向にあるため、このような声や見方は韓国人には聞き入れられない」と嘆いた。

その上で、朴氏は昨年12月の慰安婦問題に関する日韓合意を踏まえ、日米韓などの研究者による諮問機関を設けて事実の究明に取り組むことを提案した。

一方、慰安婦問題で日本を糾弾してきた米コネティカット大学のレクシス・ダデン教授は慰安婦問題を「日本による国家的な性奴隷制度」とし、日本政府が韓国政府に慰安婦像の撤去を求めていることを非難した。また、昭和天皇の戦争責任にも言及した。

朴氏はシンポジウム後、記者団に「米国でこの問題に関心を持っている方は(支援)運動側に関心を持ってきたので、私の議論には批判的なのだろう」と指摘。学者同士の議論がより重要になると強調した。

産経 2016.1.12

シンポジウム参加者 
浅野豊美
Wilson Center Fellow

Sung-Yoon Lee
Professor in Korean Studies, Fletcher School, Tufts University

パク・ユハ
Professor, Sejong University

Blair A. Ruble
Vice President for Programs; Director, Urban Sustainability Laboratory; and Senior Advisor, Kennan Institute

Christine Kim
Associate Professor of Asian Studies, Georgetown University

梅森直之
Professor of Political Science, Waseda University

ジョルダン・サンド
Professor of Japanese History, Georgetown University

参考: Japan-South Korea Relations and Prospects for a U.S. Role in Historical Reconciliation in East Asia [2]

2016/01/21

馬英九、慰安婦の告別式でまた泣く


「鄭陳さんは日本人であった」・・・この辺の感覚は、韓国とはちょっと違うかもしれない。挺対協などは、慰安婦(強制動員)は朝鮮民族抹殺政策の一環だったなどと言っていたものである。加害民族=日本人、被害者=朝鮮人。日本人慰安婦の場合は、(単なる)売春婦とも言っていた(最近は自重している)。

「国家が自国の女性をこのように扱うべきではない」・・・だから、それを言うなら軍中楽園はどうするのかと。それにしても、馬総統は慰安婦の事になると良く泣く。軍中楽園の軍妓の為にも泣いてやるべき。

馬総統、台湾元慰安婦の告別式に参列 謝罪など対日要求「諦めない」

馬英九総統は20日午前、南部・屏東県の斎場で営まれた台湾の元慰安婦・鄭陳桃さんの告別式に参列し、日本は鄭陳さんに謝罪と賠償を行うべきだと語った上で、中華民国政府は慰安婦問題について諦めることはないと強調した。

馬総統は、80年前、当時まだ10代の少女だった鄭陳さんは、日本人警察官に騙されて、南洋で慰安婦にさせられたと指摘。台湾に戻った後も叔父に家を追い出され、長い間傷と痛みを背負うことになったが、本来あるべきだった謝罪と賠償を受けられなかったと嗚咽(おえつ)交じりに述べた。

また、当時台湾は中華民国ではなく日本の統治下にあり、鄭陳さんは日本人であったと強調。日本はこのように自国民を扱うべきではないと批判した。

鄭陳さんは今月11日、肺炎により屏東県内の病院で死去。これにより、存命している台湾の元慰安婦は3人となっている。


馬総統、元慰安婦の死去悲しむ 「日本の謝罪待たずに」/台湾

台湾の元慰安婦・鄭陳桃さん(93)が11日、南部・屏東県の病院で死去したのを受けて、馬英九総統は15日、嗚咽(おえつ)交じりに「日本人の謝罪を待たずに亡くなってしまった」と語り、我々が彼女たちの代わりに名誉を回復しなければならないとした。

馬総統は、鄭陳さんは18、19歳の時、登校中に日本人警察官に騙されて車に乗り、無理やり慰安婦にさせられたと指摘。したいと思っていた勉強をすることもできず、(亡くなるまでの)約70年間、非常に辛い思いをしたと述べた。

また、台湾の元慰安婦は約1200人で韓国には遠く及ばないが、これは人数ではなく人道の問題だと強調し、台湾の被害者は韓国と同様に、強制的に慰安婦の仕事に従事させられたと指摘。彼女たちは(当時)日本の国民であり、国家が自国の女性をこのように扱うべきではないと批判した。

外交部は14日、深い遺憾と哀悼の意を示すとともに、わずか3人となった被害者が存命中に尊厳と正義を取り戻せるよう、日本側が歴史を正視し、誠実にこの問題に取り組むことを望むとした。

2016/01/17

韓国人父兄協会とT・アベラ再び慰安婦教育法案NY議会に


今度こそ、ニューヨーク州で慰安婦問題を公立学校のカリキュラムに義務化させると意気込んでいるのは、トニー・アベラ、ニューヨーク州上院議員とニューヨーク韓国人父兄協会。彼らは昨年失敗しているので今度は二度目の挑戦である。

アメリカの若者たちが「正しい歴史」を学ぶことで、彼らがいずれ日本政府に対して賠償と「正しい歴史教育」を要求して圧力を加えてくれるようになることを期待している。韓国のように、教育からアメリカを変えようという野望。

今や水曜デモの主役は若者や子供たち
「正しい歴史教育」で米国も変わるか?

ニューヨークの政治家、韓国人父兄らと世界初「慰安婦教育法」再推進

トニー・アベラ議員、ニューヨーク韓国人父兄協会、公立校慰安婦教育義務法案

慰安婦問題がアメリカでも関心を集める中、ニューヨークの政治家が韓国人父兄らと共に慰安婦教育法案を今年通過させると宣言した。

ニューヨーク州のトニー・アべラ上院議員が7日記者会見を行い、ニューヨーク州の上院で慰安婦教育法案が通過するように法案を再上程する」と発表した。 この日会見にはニューヨーク韓国人父兄協会(共同会長チェ・ユンヒ、ラジョンミ)の役員らが同席した。

ニューヨーク州の慰安婦教育法案は、戦時慰安婦動員を日本帝国主義による史上最大の「反倫理犯罪」行為と規定し、戦時中女性を相手にした性暴行をニューヨーク州の公立学校での教育を義務化する内容を骨子としている。 これと共に東海(日本海)併記についても教育を義務化し、歴史を正すための理想的な法案という評価を受けている。

当初この法案は、アベラ議員が2014年2月にニューヨーク韓国人父兄協会など韓国人社会の積極的な支持を基に発議し、上院を通過したが下院で会期内に処理出来ず自動的に廃案になった。下院でも支持議員が多かったが、当時下院で政略的と(?)解釈され衝突したせいで表決にすら持ち込めずお蔵入りした。

昨年も同じ法案が再推進されたが、ニューヨーク韓国人会の状況などの韓国人社会がしっかりとサポート出来ず(?)再挑戦の機会を逃した。 しかし最近日本政府間の慰安婦合意が議論になっているのと関連し、ニューヨーク韓国人父兄協会は「今年こそ必ずこの法案を通過させ、世界で初めて慰安婦歴史教育を義務化する元年にする」という意気込みを見せている。

アベラ議員は「慰安婦問題のような暗黒の歴史が繰返されないためには未来を担う学生たちが正しい歴史観を持たねばならない。 ニューヨーク州が世界で初めて発議した法案が必ず通過するよう、韓国人社会が積極的な活動をして欲しい」と要請した。

ニューヨーク韓国人父兄協会のチェ・ユンヒ会長は、「ニューヨーク州では東海法案は2009年から、慰安婦教育法案は2014年から発議しているが、最後の難関を越えることが出来ず、毎回挫折している。 慰安婦問題がどれほど残酷な犯罪で、再び繰り返されてはならない悲劇なのか、教育課程に入れアメリカの若者たちが学び、進んで日本政府の公式謝罪と賠償はもちろん、日本も将来世代のための教育をするように誘導する」と明かした。

ニューシス 2016.1.9[2]

뉴욕정치인 한인학부모들과 세계최초 '위안부교육법' 재추진

토니 아벨라의원 뉴욕한인학부모협회 공립학교 위안부교육 의무법안 

【뉴욕=뉴시스】노창현 특파원 = 위안부 이슈가 미국에서도 관심을 모으는 가운데 뉴욕의 정치인이 한인학부모들과 함께 위안부교육법안을 올해 통과시키겠다고 선언했다.

뉴욕주 토니 아벨라 상원의원이 7일 기자회견을 열고 뉴욕주상원에서 위안부교육법안이 통과될 수 있도록 법안을 재상정한다"고 발표했다. 이날 회견엔 뉴욕한인학부모협회(공동회장 최윤희 라정미) 임원진이 함께 했다.

뉴욕주의 위안부교육법안은 전쟁 위안부 동원을 일본 제국주의에 의한 역사상 최대의 ‘반인륜 범죄’ 행위로 규정하고 전쟁기간중 여성을 상대로 한 성폭력을 뉴욕주 공립학교에서 교육을 의무화하는 내용을 골자로 하고 있다. 이와 함께 동해병기도 교육을 의무화해 역사 바로세우기를 위한 이상적인 법안이라는 평가를 받고 있다.

당초 이 법안은 지난 2014년 2월 아벨라 의원이 뉴욕한인학부모협회 등 한인사회의 적극적인 지지를 바탕으로 발의해, 상원에서 통과했으나 하원에서 회기내 처리하지 못해 자동폐기됐다. 하원에서도 지지의원이 많았음에도 불구하고 당시 하원에서 정략적인 이해가 충돌하는 바람에 표결조차 하지 못하고 사장된 것이다.

지난해도 같은 법안이 재추진됐으나 뉴욕한인회 사태 등 한인사회가 제대로 된 지지동력을 주지 못해 또한번의 기회를 놓쳤다. 그러나 최근 한일정부간 위안부 합의가 논란을 빚고 있는 것과 관련, 뉴욕한인학부모협회는 "올해 반드시 이 법안을 통과시켜 세계 최초로 위안부 역사교육을 의무화하는 원년으로 삼겠다"는 각오를 보이고 있다. 
DA 300


아벨라 의원은 “위안부 문제와 같은 암흑의 역사가 되풀이 되지 않기 위해서는 미래를 이끌어갈 학생들이 올바른 역사관을 갖고 있어야 한다. 뉴욕주가 세계 최초로 발의한 법안이 반드시 통과될 수 있도록 한인사회가 적극적인 활동을 해 달라"고 요청했다.

뉴욕한인학부모협회 최윤희 회장은 "뉴욕주에선 동해법안은 2009년부터, 위안부교육법안은 2014년부터 발의했음에도 마지막 고비를 넘지 못하고 번번이 좌절됐다. 위안부 문제가 얼마나 참혹한 범죄이고 다시는 되풀이되서는 안되는 비극인지 교과과정에 넣어 미국의 젊은이들이 배우고, 나아가 일본정부의 공식 사과와 배상은 물론, 일본 역시 미래세대를 위한 교육을 하도록 유도하겠다"고 밝혔다.

「合意無効の全国行動」 日韓両政府に対抗し財団設立

挺対協にとって今がピークなのかもしれない
「全国行動」発足式

挺対協が、慰安婦たちにアジア女性基金の金を受け取らせないよう、韓国政府に金を出させたのが20年前。今度も彼女たちは同じような事を始めた。新基金を失敗させる為に、対抗して財団を作り先回りして金を用意し、基金をから償い金を受け取ることを妨害される慰安婦の不満を吸収しようという作戦。

外交部(外務省)へ向けてデモ

日本政府もこうなる事は予想していたので、予め今回の基金には韓国政府も関与させ日韓合同事業とする体裁をとった。よって、挺対協は今回、韓国政府をも直接攻撃の的とせざるを得ず、韓国は「最終的解決」を巡り政治的に分裂。挺対協も大統領支持派の一部から攻撃を受けている。これは少しずつダメージとして蓄積して行くのではないか?もっとも、国に頼らず資金を集めることが出来るとすれば、この20年間に挺対協がどれだけ力をつけたか分かろうというもの。

10億円に対抗 「慰安婦」財団設立推進
600の個人・団体「合意無効と正しい解決全国の行動」が発足

韓国政府と日本政府が日本軍「慰安婦」問題の妥結(12.28合意)の為に10億円(約97億ウォン)の財団を設立するのに対抗して、市民社会が「日本軍『慰安婦』正義と記憶財団(正義記憶財団)」の設立を進めることになった。

韓国挺身隊問題対策協議会、我らの同胞一つに運動本部、全国民主労働組合総連盟、韓国労働組合総連盟、平和の蝶、参与連帯などの市民社会は、14日午前11時ソウル市世宗大路の韓国プレスセンター国際会議場で「韓日日本軍『慰安婦』合意の無効と真の解決のための全国の行動」を旗揚げし「正義記憶財団」設立の意向を公表した。

「正義記憶財団」は日本軍「慰安婦」問題の解決は真相究明、事実認定、公式謝罪、法的賠償、後世への教育、追悼事業などの再発防止後続措置が原則とならなければならないということから出発した。

しかし、「12.28合意」の後続措置として設立される財団は該当原則と距離があるため、長期的観点から日本軍「慰安婦」問題解決に寄与する財団が必要だという認識だ。

主な事業は△日本軍「慰安婦」被害者福祉および支援、△真相究明および記録保存、△平和碑(少女像)の建立および追慕、△教育、△出版および広報などになる見通しだ。

この日335人の個人と383の団体が名乗りを上げる中で、「正義記憶財団」の活動等を含んだ「韓日日本軍『慰安婦』合意無効と正しい解決のための全国の行動」(全国の行動)が発足した。

これらは発足宣言文の中で「合意が成立するまで被害者は何の説明も聞くことが出来なかった。韓日の外交長官『合意』は、被害者達と支援団体の要求を全く入れることが出来ない」として合意の無効を訴えた。

これについて全国の行動は「2016年から再び日本軍『慰安婦』問題の正しい解決のための行動を始める」として「日本政府の犯罪事実の認定、翻意することの出来ない明確かつ公式の謝罪、謝罪の証拠としての賠償、真相究明、歴史教育と追悼事業などが措置を世界の人と共に要求していく」と強調した。

そして韓国と日本政府が設立する財団を「第2のアジア平和国民基金」と規定し、「10億円の出연を断固(全身で)拒否して、全世界の人々が日本軍「慰安婦」で犠牲になったハルモニと手を握る募金運動を始める」と明らかにした。

同時に(?)「ハルモニに真の名誉と尊厳を抱かれて差し上げるだろう。この地で再び戦時性暴力が起こらないようにする。この地で再び戦争が起こらないようにする」とし、「私たち皆ハルモニの涙を拭いて差し上げ、平和碑がはじめて踵を地面につけて(?)差し上げる」と宣言した。

全国の行動は先に△「12.28合意」無効の国民的共感拡散および再協議要求世論の結集、△対政府、大政界再協議圧力(迫)、△「10億円慰労金」を代替する国民募金被害者らと連帯、△平和碑守護および追加建立などの活動を行っていく予定だ。

このために各界の宣言、署名運動、キャンペーン、講演などを展開し、来たる三一節に街頭行進を行う計画だ。そして国連など国際社会に緊急呼び掛け書簡を送り、アメリカでのキャンペーンも行う方針だ。

特に、日本軍「慰安婦」問題解決のためのアジア連帯会議緊急代表者会議を来る2月18日南北、台湾、フィリピン、インドネシア、オランダ、中国、日本など代表団が参加した中で開催することにした。

この日全国の行動発足式に参加した日本軍「慰安婦」被害者キム・ボクトン・ハルモニは「韓国政府に(?)立ち上がって解決してくれと言ったのは、このように虚しく妥結したという声を聞きたかったから(?)ではない」として「12.28合意」に反対した。

キム・ハルモニは10億円財団の慰労金の受領拒否する意思を繰り返し明らかにし、「私たちはそのようなお金は受け取らない。法的に謝罪して賠償すべきだ、これでもなくてあれでもなくて・・・私たちはこんなお金を受け取ることは出来ない」と話した。

そして「正義記憶財団」の設立と関連し、「私も被害者だが(?)、私たちのように被害を受けて苦労している人々のために熱心に戦って欲しいと(?)私もやはり(?)参加する」「絶対に(10億円財団の慰労金)は受け取らないので皆さんが協力してほしい」と訴えた。

イ・ヨンス・ハルモニも「パク・クネ大統領がこの問題を引き出して解決しようとしたと自慢げに話している。正しくしなければならない」として「歴史に残ることだ。(合意に)絶対反対だ。私たちは解放され(?)なかった」と話した。

同時に「日本が公式謝罪し、法的賠償してこそ解放になる」としながら「最後まで日本と戦う。力を違って。国民を信じて生きる。国民を信じて戦う」と強調した。

この日の参加者100人余りは、「韓国政府に送る要望(求)書」を採択し、韓国プレスセンターから外交部庁舎まで行進した。要望書は外交部関係者に渡された。

彼ら(?)は要望書において「韓国政府が日本軍『慰安婦』被害者の尊厳と名誉回復の為に果たして心底努力したのか疑わしい」として「被害者の意を勝手に曲げ、今回の合意を合理化させてはならない」と強調した。

そして「歴史歪曲と再武装に拍車を加える日本との軍事協力のために歴史の正義回復の原則も、被害者と国民の意思すら破った今回の合意は、何の正当性も持たず完全に無効だ」として「合意を廃棄し、被害者の意が全面的に反映された正しい解決のためにやり直す(?)こと」を要請した。


2016/01/15

「最終的解決」に触れない福島瑞穂



福島瑞穂について、以前のエントリーに書いたことを繰り返すことはしないが、彼女は慰安婦騒動の仕掛け人の一人であった。池田信夫の評(リンク先参照)は多少辛すぎるかもしれないが、今回の合意について触れようとしないというのはどうなのか?合意がなった昨年12月の28日から今日に至るまで、この件について触れていない(少なくともツイッターでは)。


12月27日から1月1日分

[写真で見る水曜デモ30] in ロンドン



1月6日に世界同時開催を謳って行われた連帯(水曜)デモ。ロンドンの韓国大使館前にも20人超が集まり、日韓合意に抗議した。日本で行われたデモ同様、ここでも「少女像」の絵が登場。なお、デモは日本大使館ではなく、韓国大使館前で行われた。

[報道] 慰安婦像、撤去のめど立たず


日本にとっては、悪い状況ではない。

慰安婦像、撤去のめど立たず…野党も合意反対に

ソウルの日本大使館前に設置されている慰安婦を象徴する少女像の問題で、元慰安婦を支援する韓国挺身ていしん隊問題対策協議会(挺対協)などが14日、ソウルで記者会見し、少女像の撤去や昨年末の慰安婦問題を巡る日韓両政府の合意に反対する声明を計386の団体名で発表した

韓国の朴槿恵パククネ大統領は合意履行の意思を表明しているが、合意反対の動きに野党も加わる中、少女像撤去について前進の糸口が見えない状況となっている。

「(少女像の)移転を論議するのは屈辱的で国民の権利を侵害する越権行為だ」

挺対協などは記者会見でこう主張し、日韓合意に基づき、韓国政府が元慰安婦の支援を目的とした財団を設立し、日本政府がこれに対して一括で拠出するとした10億円について受け取りを拒否すると宣言した。

こうした動きに乗じ、最大野党「共に民主党」も日韓合意の再交渉を主張している。別の野党を率い、次期大統領選の有力候補と目される安哲秀(アンチョルス)議員も合意には批判的な立場で、少女像問題が今年4月の総選挙で争点となる可能性が高まっている。「韓国ギャラップ」が8日に発表した世論調査では、少女像の移転に反対する回答が72%に上っており、朴政権としては、移転の議論さえ持ち出せない状況が続いている。

読売 2016.1.14

2016/01/14

<帝国の慰安婦ー植民地支配と記憶の闘い>要約


著者本人による『帝国の慰安婦』の要約。本を読む気力のない人の為に。

それにしてもパク教授、どうも秦教授や吉見教授の本を読んだことがないのでは、という気が。・・・別に、問題ではないのだが。

<帝国の慰安婦ー植民地支配と記憶の闘い>要約
2013年7月30日

慰安婦問題をどのように考えるべきなのかー秦郁彦・吉見議論(2013・6)を踏まえて(2013・7・15、明治学院大学)

慰安婦問題はどのように考えるべきなのだろうか。昨今大きな混乱を呼んでいるこの問題について、とりあえず日本で「慰安婦問題の第一人者」とみなされている二人の歴史家のお話に議論を添わせる形で話したい


ここで議論の土台にするのは、去る6月にラジオで放送された「秦郁彦 吉見義昭 第一人者と考える慰安婦問題の論点」である。安倍首相は「歴史家に任せたい」としていたが、歴史家の「第一人者」の議論がなかなか接点を見いだせていないことから分かるように、慰安婦問題はもはや単に「歴史家」の考えだけでは日韓の合意どころか「日本内」の合意さえ見いだせない状況となっている。

日本内、あるいは日韓間の「合意」を導き出すのが難しくなっているのは、この問題がすでに長い間解決されないまま長引き、両国民の多くがこの問題に関してかなり詳しい「情報」を持った結果として政治問題となってしまったからである。それには、「慰安婦」そのものをめぐる情報や考え方の食い違い自体よりも、現在身を置いている政治的立場やそれに伴う感情までが入り込んでしまったという背景がある。さらに、この問題に直接・間接にかかわってきている人の数が多く、そのほとんどの人たちが間接的な「当事者」にもなっていて、かかわった期間が長かっただけにそれぞれの主張が自らの価値観や政治的立場を示すものにさえなっていることも、既存の考え方や立場をなかなか崩せない大きな原因となっている。

この問題について考える時もっとも必要と思われるのは次のことである。

1、できるだけ早い解決

2、そのためにこの問題を「慰安婦」という存在自体をめぐる状況はむろんのこと、ここ20年の運動や葛藤の様相についても知る。

3、この問題にかかわることが自分の生活や政治的立場と関係のない識者や市民もこの問題にかかわり、「解決」をもたらす方法を「関係者とともに」考える。


1、「慰安婦」とは誰か

近代以降、交通の発達や国家の勢力拡張の欲望を内面化する形で、海外へ単身で移動する男性たちは多かった。そしてそのような男たちを支えるために女性たちの「移動」も多くなった。日本の場合、最初は日本に入ってきた外国軍人のためにそういう女性たちが提供されていたが、同じ頃から海外へもでかけるようになっていた。いわゆる「からゆきさん」がそれで、彼女たちの殆どは貧しい家庭出身で親に売られたり家のために自分を犠牲にした女性たちだった。

そして彼女たちは朝鮮に駐屯した軍隊や国家の移住奨励政策に従って移住していった男たちのために朝鮮にも移住して行った。やがて朝鮮半島にも公娼制がしかれ、朝鮮人女性もそこで働くようになる。すでに日露戦争の時から軍人たちを「慰める」女性たちはいたのであり,軍隊を支える役割をしているという意味で彼女たちは「娘子軍」と言われていた。

つまり、「慰安婦」とは基本的には<国家の政治的・経済的勢力拡張政策に伴って戦場・占領地・植民地となった地域に「移動」していった女性たち>のことである。商人や軍人が利用した「慰安所」のようなものは早くから存在していた。「慰安所」や「慰安婦」という名前は1930年代に定着したようだが、その機能は近代以降の西洋を含む帝国主義とともに始まったと見るべきである。

2、「慰安婦」と「朝鮮人慰安婦」

当然ながら、日本の場合は遠い海外へ「国家のために」でかけている男性のために「慰安婦」が用意されるのでその対象は「日本人女性」だった。ところが、朝鮮が植民地となったがために「朝鮮人女性」や台湾女性もその仕組みに組み込まれることになる。1920年代にはすでに中国や台湾には朝鮮人女性も海外にいる「日本人」や「日本人となった朝鮮人」を相手するためにでかけていった。のちの「朝鮮人慰安婦」の前身と見るべき存在である。

3、「からゆきさん」の「娘子軍」化

からゆきさんの中には、たとえ売られてきていわゆる「売春」施設で働いても、拠点を築いた女性たちは「国家のために」来ている「壮士」たちのためにお金や密談のために場所を貸すような立場の女性たちもいた。彼女たちが「娘子軍」と呼ばれるようになったのはそのためで、そのようにして彼女たちは蔑まれる一方で「格上げ」されることになる。一方彼女たちも、間接的に「国家のために」働く男たちを支え、郷愁を満たしてあげることでそれなりの誇りを見いだすこと(もちろんそれは戦争に突き進む国家の帝国主義の言説にだまされたことでもある)もあった。「慰安婦」とはそのような仕組みが支える名称である。

4、様々な「慰安所」

したがって、日本軍が1930年代に入って突然「慰安婦制度」を発想して<「慰安所」を作った>のではなく、それまでにあったことをシステム化したと見るべきである。他国の場合と違うのは、‘愛国心がその仕組みに利用されたことである。
日本軍は、満州国と日中戦争のために駐屯軍のために、それまで衛生など(内地なら警察が管理していた)の「管理」をしてきた売春施設のうち(料理屋、カフェなどにはその役割をしたところもあった)、基準を満たすところを「指定」して「軍専用の慰安所」にした。しかしやがて軍隊の数が増えたことや、便宜性などを考えシステム化するにいたったのである。そして業者を使って「募集」するにいたったが、その形はさまざまであった。

つまり今日「慰安所」と考えられているところには、必ずしも軍が新たに作ったところだけではない。日清・日露戦争以降の既存の施設も含まれ、すでに個別に働いていた人たちに軍が接受した場所を提供し、「収容」する場合もあった。「業者」を、移動や経営に関する便宜を与えるために「軍属」(あるいは軍属扱い)にする場合もあった。

しかし、それはあくまでも「軍が作った」慰安所に限る。したがって「慰安所」の形が様々であるだけに、「業者」のあり方も様々だった。島などの場合、
業者自ら、自分で粗末な「慰安所」を作り、「臨時営業」(一種の派遣業務)を始める場合もあった。しかしいずれにしても戦場の場合、移動に関して軍の許可が必要だったため、基本的にはその
多くの動きを軍が知り、統括していたのは間違いない。しかし、将校などは指定慰安所を使わずに、普通の料理屋を慰安所として利用する事も多かった。

軍が慰安所を作った(指定した)理由は、言われているように性病防止やスパイ防止以外にも、利用軍人が多くなるにつれて、部隊から近いところにおく便宜性や「安く」利用できるようにするため、の理由もあったとようである
。その場合の料金は<公>と言われた。

「慰安所」は、ひとつの形ではなく時期や場所によって様々な形があったことを念頭におく必要がある。

5、様々な「慰安婦」

したがって、本来の意味でなら、日本が戦争した地域にあった性欲処理施設を全て本来の意味での「慰安所」と呼ぶことはできない。たとえば「現地の女性」がほとんどだった売春施設は本来の意味でなら「慰安所」と呼ぶべきではない。つまり、そのような場所にいた女性たちは単に性的はけ口でしかなく、「自国の軍人を支える」「郷愁を満たす」という意味での「娘子軍」とは言えないのである。戦場で提供されて、半分継続強姦の形で働かされた女性たちや、戦場での一回性の強姦の被害者は、厳密な意味では「慰安婦」とはいえない。

したがって、アジア太平洋戦争で日本軍の性の相手をした全ての女性を「慰安婦」と呼ぶべきではなく、本来の「慰安婦」の名前にふさわしいのは、「日本人」や「日本人」にさせられた「朝鮮人」「台湾人」「沖縄人」だけと考えるべきである。

しかし、普通の売春施設にいた女性たちも「慰安婦」と同じように軍を対象にした性労働に従事し、「愛国食堂」のような看板を掲げて軍人を受け入れてもいたので(もちろん指定業所になっていたはずだ)、事態はややこしい。

しかし、すくなくとも、戦場での一回、あるいは継続的強姦をさせられた女性たちと、日本人を含む「慰安婦」たちの、軍人との関係の違いは歴然としている。

「慰安婦」は、このように国籍や時期、そして場所(最前線か後方か)によって、その体験は異なっている。

にもかかわらず、そのすべてを「「慰安婦」と考えて、問題の対応に当たったことから、大きな混乱が始まったのである。

しかし、そのどのケースであっても性的労働に従事させられるのは、社会における弱者であり、彼女たちの多くが病気にかかりやすく、死が隣り合わせの悲惨な境遇にいたことを認識することは、慰安婦問題を考えるための大前提とならなければならない。

6、「強制連行」について

したがって、軍人を相手に性労働をするまでになった経緯も当然ながら一つではない。中には本格的な募集が始まる前から現地にいた女性もいた。

韓国で最初にこの問題を提起した人は、自分が経験した「挺身隊」のことを「慰安婦」のことと勘違いした。彼女が経験した「挺身隊」は「学校」で「判子」を押すような形だったので彼女はその募集を「強制」と思ったのである。しかし「挺身隊」の募集が「学校」単位での「国民動員令」によるものだったことから分かるように「教育」のある人が対象だったのに対して「慰安婦」はほとんど低いレベルの教育か教育を受けていない人がその対象だった。韓国で慰安婦が「強制連行」されていったと考えるようになったのは、日本の否定者たちが言うように慰安婦が「嘘」を言ったからではなく、まずはこの90年代の勘違いによる。

しかしさかのぼれば植民地時代にすでに「挺身隊に行くと慰安婦になる」との風聞はあった。「慰安婦」は「挺身」して「兵隊さんのためのこと」をすると言われたのであり実際のところ看護補助や洗濯など「性的慰安」以外のことをさせられる場合もあったので、まったくの誤解とも言えない
(兵士の墓の掃除や洗濯なども、朝鮮人慰安婦たちはやらされていた)。

「軍人」がつれていったと証言する慰安婦の割合はすくなくとも証言集を見る限りむしろ小さい。そしてその場合も、「軍属」扱いを受けた業者が「軍服」を着て現れた可能性が大きい。また、業者自らが、集めやすいように、当時始まっていた国民動員としての「挺身隊」へ行くのだと言った可能性も排除できない。業者は、日本人と朝鮮人がペアで現れたことが多かったようである。

しかし、慰安婦の募集は、一人や少人数でいるところを「工場」へ行くなどの言葉でだまして連れて行かれたことが、証言では圧倒的に多い。そういう意味では、「軍につれていかれた」という意味での「強制連行」はなかったか、たとえあったとしても「例外的」なこと—つまり「個人」の逸脱行為と見るべきであって、「軍が組織として(立案と一貫した指示体系を通して)だましや強制動員をした」と見るのは間違いと考える


オランダや中国の場合、軍が直接集めたり隔離して性労働に従事させたのでそれはより「強制性」が強い。ただその場合は上記の意味での「慰安婦」とは言いにくい。日本人・朝鮮人・台湾人が「日本帝国内の女性」として軍を支え励ます役割をしたのとは違って、彼女たちへの日本軍の行為は、「征服」した「敵の女」に対する「継続的強姦」の意味を持つからである。このような日本軍との「関係の違い」が無視されて同じ「被害者」としてのみ理解されたために、「強制連行」や「慰安婦」に対する理解が、否定者と支援者間に接点を見いだせずに慰安婦問題をめぐる混乱が深まったのである。

大まかに分ければ、問題発生以来、「慰安婦」としてみなされてきた人の中には,もとの意味での「慰安婦」(これは挺身隊よりゆるやかな「国民動員」の一種と見るべきである)、民間運営の施設(占領地や戦地に早くから存在した場所を含む)を軍が「指定」し衛生などを「管理」した所で働いた人たち、戦場で捕まって継続的強姦の対象になっていた「敵の女」の三種類の女性たちが混在している。

軍属扱いをされ、「軍服」のような制服を着ることもあったと見られる「業者」が集めた朝鮮の場合、業者が「挺身隊」(強制的、しかし「法律を作っての」国民動員。しかし「志願」の形となる)に行くとだましたがために、「強制連行」だったと当事者たちが認識した可能性も高い。つまりもと慰安婦たちが「嘘」をついているというより(まったくないとは言い切れないにしても)、今はいないはずの「業者」たちが嘘をついた可能性も大きい。

7.日本軍と朝鮮人慰安婦

朝鮮人慰安婦は、場所によっては着物を着て日本名をつけられて働いた。つまり「日本人」女性に代わる存在だった。慰安婦たちには料金の区別がつけられていて、「日本人」が一番高く,その次が朝鮮人だった。本来なら巻き込まれないでいいはずの(日本を対象とした)「愛国」に朝鮮人も動員されたのである。その意味では朝鮮人慰安婦は日本の「植民地支配」が生んだ存在であり,その点で日本の「植民地支配」の責任が生じる。そして、慰安所に着くと最初に将校や軍医による強姦も多く、部隊移動中にも朝鮮人たちは「朝鮮人」であるゆえに、決まった性労働以外にも強姦されやすかった。

同時に、「国家のために」集められた「軍慰安所」に居た場合は、構図的には敵を相手に「ともに闘う同志」の関係にあった。兵士の暴行などを上官が取りしまり、業者の搾取を軍が介入して管理する場合も多かったようだ。

地域や時期にもよるが、慰安婦が、圧倒的多数を相手しなければならない過酷な体験をしたのは間違いない。同時に、基本的には兵士や業者の横暴から慰安婦たちを守るような規範もできていた。もちろんその規範が必ずしも厳しく守られたわけではなく、兵士たちはよく朝鮮人慰安婦によく暴行をふるい、注意程度の処罰しか受けなかったことも多かった。
朝鮮人慰安婦はそのように総体的な民族差別の中にいた。朝鮮人慰安婦と日本軍人は恋愛も可能だったが、そのことを見ることが、宗主国・植民地出身という構図のなかの差別や搾取を無化することになってはならない。

朝鮮人慰安婦の一部は、最前線においても行動を共にしながら、銃弾の飛び交うような戦場の中で兵士のあくなき欲望の対象になり、銃撃や爆弾の犠牲になるような過酷な体験をした。つまり、たとえ契約を経てお金を稼いだとしても、朝鮮の女性たちをそのような境遇においたのは「植民地化」であった。したがって、朝鮮人慰安婦に対する日本の責任は、「戦争」責任以前に「植民地支配」責任として問われるべきである。

8、業者

軍が必要として集められたのは確かだが、拉致や嘘を軍が公式に許可したとする証言や資料は今のところみつかっていない。そして、嘘までついて強制的につれていったり、病気などの時も「強制的に」働かせたり、逃げないように監視したり、中絶させたのは、ほとんどの場合日本人や朝鮮人の「業者」だった。日本人業者の方が規模が大きく、朝鮮人業者の方が規模が小さかったように見える。
慰安婦たちの多くはは借金状態を抜け出せず、自由廃業ができなかったがその直接の原因はこうした業者たちの搾取構造にある。
吉見教授は慰安婦に「居住」「廃業」などの自由がなかったというが、それは基本的には「業者」による拘束と戦場であるがための拘束であり、「軍人」に移動の自由がなかったのと同じケースと考えるべきであろう。

そしてもと慰安婦たちの身体に残っている傷跡も業者によってつけられた場合が多い。軍が暴行する場合ももちろん多かったが、少なくとも公式には禁じられていた。

つまり、「慰安婦」を巡っての「犯罪」——当時の法律に抵触する行為は、拉致・誘拐や人身売買であって、「慰安所利用」を「道徳的に」問題のある「罪」と捉えることは可能でも,当時の(法律に抵触する)「法的犯罪」と捕らえるのは難しい。

9.20万の少女

「20万」という数字は、日韓を合わせた、「国民動員」された「挺身隊」の数だったことが、1970年頃の韓国の新聞記事から推測可能だ。新聞は、日本人女性が15万,朝鮮人が5—6万、と言及している。こうした誤解も手伝ってその後そのまま「慰安婦」の数と理解されてきたものと考えられる。しかもその「慰安婦」の全てが必ずしも「軍が作った」「軍慰安所」にいたわけではないことはこれまで述べてきた通りである.

慰安婦になった人には「少女」がいなかったわけではないが、1960年代の韓国映画には朝鮮人学徒兵たちにおける慰安婦が成人だったことが分かる。
実際に証言を見ると十代前半のケースはむしろ少なく、当時の軍人たちにも「例外」な状況として受け止められていた。「慰安婦」と名乗り出た人の多くがまだ幼かった「少女」であったことを強調するのは、彼女たちがその「例外」のケースにいた人々と見るべきだろう。実際には、証言者の多くが、「他の人は自分より年上だった」と語ってもいる。売春業界に少女が連れ込まれるのは世界中にあることであり、そういう意味で少女が多かったことはありうるが、それは日本軍の意思というより、業者の意思によるものと考えるべきである。慰安婦の都市は一概に推定できないが、証言集や資料による限り、その平均年齢は、20才以上と考えられる。

10、敗戦後の帰還

慰安婦が敗戦後に帰国できなかったのは、戦場での爆撃の犠牲になった場合や玉砕に巻き込まれた場合が多かった故のことと考えられる。中国にいた慰安婦たちは、いわゆる「引揚げ者」たちの受難を同じく経験していて,場所によっては帰ること自体が難しく、その道のりで犠牲になった場合もあると考えられる。そのほかは帰ってきたかその地に残ったものと見られる。敗戦後に「置き去り」にしたことに、動員した軍に責任があるのは言うまでもないが、それでも慰安婦たちの「おきざり」に対するうらみは、日本軍より「業者」に向かう場合が多い。軍と行動を共にした場合、負ける戦闘のさなかでのことであって、その状況は様々で、軍が帰国を助けた場合もあった。

11、1990年代の謝罪と補償

1990年代に日本が「慰安婦」と名乗り出た人々に「謝罪と補償」をすべく作った「アジア女性基金」は、被害者たちが要求した「国会立法」を経たものではなかったが、当時の閣僚たちの合意に基づいて作られたものだった。国会では立法を進めた議員たちもいたが、韓国の場合、1965年の日韓条約で国家間賠償が終わったことと「強制連行」の有無が議論の焦点となって法案を通すにはいたらなかった。「基金」は「国会」は通さなかったが、「政府」閣僚たちが合意してやった「謝罪と補償」である。それは「国会立法」を主張する人たちに「責任回避」の手段と非難されたが、1965年の国家間条約で個人補償は終わっているので国家賠償はできないと思った日本政府が、「法的責任」は存在しないと考えながらもなお、「道義的責任」を取る
として行った、いわば「責任を取るための手段」だった。国民の募金でまかなうと言われていたが、300万円に当たる医療福祉補助費も出されていて、名前こそ「補償金」でないが、実際に慰安婦たちにわたった補償金の半分以上が国庫金から出されている。最終的には事業費の89パーセントが国庫金からまかなわれていた。そういう意味では「基金」は、単なる「 民間基金」ではなく、日本政府と国民が心を合わせて行った「謝罪と補償」の試みであった。もちろんこのとき、日本政府は、基金への関与をより明確に言えばよかったであろう。

12、1965年の過去清算について

1965年の日韓条約は1952年のサンフランシスコ講和条約に基づいての条約だったので、「戦争」の事後処理をめぐる条約だった。「植民地支配」という過去清算に関する条約ではなかったのである。条約の文面にひとことも「植民地支配」に対する謝罪の言葉が入ってないのはそのためである。実際徴用などに関しての「補償」も、中日戦争後のことに限っていた。しかし朝鮮は日本の戦争相手国ではなく、むしろいっしょに闘った立場だったので、この補償は、恩給などに当たる、いわばもと「日本国民」としてのものだった。突然両国が引き離されることになったための、貯金やその他を含む金銭的事後処理が中心だったのである。

そして日本は「個人の請求権」は個別に請求できるようにしたほうがいいと言っていた。しかし韓国側は、北朝鮮を意識して、韓半島唯一の「国家」としての韓国が代わりにもらおうとしてその提案を拒否した。つまり「韓国」だけが補償を請求できる正統性を認めてもらおうとしたのには(チャン・バクチン)、厳しい冷戦時代のさ中にいたという歴史的経緯がある。

当初韓国側は「植民地支配」による被害について(人命損失など)も請求しようとした。最終的にそれが削除された理由は明らかでないが,おそらく今でも続いている論争——「植民地支配は合法」、つまり韓国の意志でやったことだというような議論があってのことかもしれない。確かに当時においてはほかの元帝国も「植民地支配」に関して謝罪したことはなく、それは時代的思考の限界だった。つまり、1965年の条約は植民地支配についての謝罪にはなっていないが、それは冷戦下にあって元帝国諸国がそのような事に関して謝罪するような発想をするような時代に至っていなかったこと、そして元植民地側も冷戦時代のあおりを受けて、自ら「過去清算」を急いでしまったためのことだった。

13、1910年の合併条約について

さらにさかのぼって1910年の合併条約自体が「強制的」なもので「不法」だったとする議論もある。そしてこの時の条約が「不法」だとすると当然日本に「植民地支配」についての「法的責任」が生じることになる。しかし、たとえ少数が率いてやった事が明らかでも、それが「条約」という(当時における)「法的手続き」を通してのものだった以上、このことを「不法」とするのは倫理的には正しくても現実的には無理がある。それはアメリカやイギリスなどやはり植民地を作った大国の承認を得てやったことであって、彼らだけの「法」に基づくものだったという意味でなら「不法」と言えても、ともかくも「合併」を韓国が承認した文面が存在する限り、残念ながらそのことを「不法」とは言えなくなるという現実もある。

もっとも、国民のほとんどに意見が聞かれたわけでも知らされていたわけでもない「合併」は、「ほとんどの朝鮮人」の了解や承認を得ていないという点ではほんとうの意味では「了承」したとは言えない。しかし国の代表がそうしてしまった時点で、不服でも、「不法」といえないことは、政治的・時代的限界と考えるべきであろう。そのような「法」に問題があったことを後世の人々が認めるのなら(すでに90年代の日本の謝罪はそれを間接的に認めたことにはなる)、たとえ「不法」でなくても、道義的に問題があったとみなすことは可能である。「法」にかかわらず、日本に植民地支配の責任があることは間違いない。

14,「法」の問題

韓国政府や支援団体が求めているのは慰安婦募集と慰安所使用に関わることを「不法」と認めて「賠償」せよとするものである(日本の支援者の多くもそれを主張している)。しかし、当時において日本内で「売春」が「不法」と認められていなかった以上、そのことを「不法」とみなすことは無理がある。たとえ国際的に不法と見なし始めていた時期だったとしても、である。当時は性暴力さえもまだ「法」で処罰することはしていなかった時代だったのであり、だからこそ男たちは罪の意識もなく強姦を繰り返したのである。

しかし「人身売買」は当時においても「不法」と認められていた。問題は、その人身売買を日本軍が指示したかどうかにある。実際に人身売買であることを知りながらも黙認したふしはある。しかし、日本軍は
詐欺や誘拐によって連れてこられた場合返したり、別の就職先を斡旋するように業者に指示したケースがあり、軍として詐欺や誘拐を組織として容認したとは言いがたい。それでも、日本が宗主国として、植民地の女性を差別と強姦と搾取の対象にしたのは間違いない。

15、再び「アジア女性基金」について

そういう意味では90年代の「道義的責任」は、そうは意識しなかったにしても、まさにそこを突いての「謝罪と補償」だった。最初に声をあげた朝鮮人慰安婦が「植民地支配」による存在ということも認識されていて、それに対する補償だったからである。

すでにイタリアやイギリスも植民地支配に関して謝罪をしたことがある。もっとも、日本も,細川首相や村山首相が行った。しかし、最初は「慰安婦問題」を「植民地支配」と捉えていたのが、のちに別の国の人たちが現れることになったことが影響して、普遍的な「女性の問題」と捉えられることになったために、そのような捉え方はやがて消えてしまった。

しかし、現在この問題で、ほかの国・地域は「アジア女性基金」を受け入れて一応解決されたことになっている。そして現在慰安婦問題を「不法」だったとして「賠償」を求めているのは「韓国人慰安婦」だけなので、「日韓問題」として捉え直す必要がある。
そして、あらためてそうした状況を念頭におきながらしかるべき解決を考えるべきであろう。オランダや中国などほかの国といっしょに考える「女性の人権」問題との捉え方だけでは、朝鮮人慰安婦の特殊性が見えてこない。そして、家父長制の中の犠牲者と捉える時、真なる「女性人権」の問題として向き合いなおすことができるだろう。

日本の一部の人はほかの国々もやったとして責任を回避しようとするのではなく、オランダを始め世界の「元帝国」に、「植民地支配」が起こした問題としての自覚と反省を呼びかけるべきだ。そうして始めて、アメリカもイギリスもオランダもこの問題を「自国」の問題として向き合うことができるだろう。それらの国の欲望のためにも、自国や他国の女性たちは動員されていた。

16、「性奴隷」について

朝鮮人慰安婦たちは「準軍人」のような役割もさせられていた。彼女たちの境遇が悲惨だったのはまぎれもない事実であるが、監禁し、強制にちかい労働をさせた主体は、軍のみならず業者でもある。自由がなかったという意味での彼女たちの「奴隷性」
は、まずは「主人」と呼ばれた業者との関係で成立しすると考えるべきだ。
同時に、彼女たちは、国家の必要によって過酷な労働を強いられ、命さえも(戦場、病気、過労働)担保にしたという意味では「国家の奴隷」でもある。移動の自由も廃業の自由もさらに命を守る自由もないという意味で、軍人と変わらない。朝鮮人軍人には少ないながら一定の補償金が支払われた。それは彼らを守る法が存在したからである。そして、女性たちにはそのような『法』によって守られなかったのは近代国家システムが男性中心主義的だったからである。

17、河野談話

河野談話は「自分の意志に反して」慰安婦になったことを認めているのであって物理的な「強制連行」を認めているわけではない。つまり,連れていった過程が自分の意志ではなかったことと慰安所での性労働が彼女たちの選択ではなかったことに触れていて、物理的ではなく構造的な強制性を認めている。それは、朝鮮人の場合、たとえ自発的に行ったように見えてもそれが植民地支配によってもたらされたことであることを正確に認めている言葉でもあった。つまり、河野談話見直し派が主張しているような、いわゆる「強制性」を認めたものではない。しかも管理をしたという意味では「官憲が関与」したのは事実なので、そうである限り河野談話を見直す必要はない。

18、解決をめぐる葛藤

日本政府が作った「基金」が「民間」のものと認識されたのは、まずは、マスコミなどの報道にもよるが、新たな補償が1965年の条約に抵触することを気にした政府が、基金に深く関与していることを十分に説明しなかったことに第一の原因がある。しかし、「仕方のない次善策」として受け止める人たちもいる中で「責任を回避するもの」と強く非難し,以後今日に至るまでこの問題で日本政府を非難している人たちの一部は、国会立法だけが「日本社会の改革」につながると考えていた。それは、歴史認識をめぐる対立がポスト冷戦時代を迎えて行なわれ、過去の歴史に対する考え方でもって現在のアイデンティティを問われる形になったからである。
そして、正義のためのはずだったその主張は、慰安婦像と「強制連行」をめぐる理解において反対派と接点を見いだす努力を怠ったがために、結果として 、慰安婦問題に反発するひとたちが日本内にたくさん増えてしまった。
支援者たちは、天皇を犯罪者にするような国際裁判も開いたが、理念としてはいいとしても、「運動」としては広く「日本国民の合意」を得るのではない逆の方向へ行くものだったと言う点で、効果的だったとはいいにくい。2000年代以降、日本で「嫌韓流」に始まったへイトスピーチの根っこには左翼や慰安婦問題への嫌悪があった。

19、世界の意見

運動家たちは2000年代以降に日本政府を説得することよりも世界に訴えて日本を圧迫するやり方に出た。そしてKumarawasumi報告書をはじめ、数々の国連報告書のほとんどは 「20万の少女が強制的に連れて行かれ性奴隷として働かされ、敗戦後もほとんど虐殺された」と考えている。欧米の議会の決議もそれらの報告書を参考にしているが、これまで見てきたように、世界の慰安婦問題への理解は、必ずしも正しいわけではない。

国連ではオランダの女性も証言していて、オランダのケースは確かに「レイプセンター」の言葉に近いものだった。しかしオランダの女性は朝鮮人や日本人慰安婦とはその立ち位置が根本的に異なる。オランダの女性が被害を受けたのは、彼女たちがオランダが植民地にしたインドネシアに暮らしていたためで、植民地をアジアに多く持っていた、オランダをはじめとする欧米諸国が、日本だけを非難するのも必ずしも公平とは言えない。

20、帝国と慰安婦

韓国や沖縄基地をはじめ米軍が基地をおいているところでは今でも遠い地に送られた兵士たちを「慰安」すべきとされている女性たちがいる。つまり、戦後直後の日本や韓国戦争での朝鮮戦争当時やその後の韓国がそうだったように、「軍隊」は今でも「慰安婦」を作り続けている。日本軍の慰安婦と違うのは、「国家のため」と意識させられているかどうか、そして平時(しかし戦争に待機している)か戦時かの違いだけである。

それらの「基地」は、かつて戦争や冷戦のためにおかれ、その状態を維持し続けた。そして今やアメリカこそが日本や韓国に慰安婦を作り続けているのである。もちろん日本や韓国はそれを提供し黙認している。

かつて国家が政治経済的に勢力範囲を広げるべく「帝国」を作ったように、現在でも特定国家の世界掌握勢力は存在する。その中心にあるアメリカが、慰安婦問題に関して日本を非難する決議を出し続けているのは、アイロニーと言うほかない。

弱者のために闘ってきたはずのリベラル勢力は、そうは意図しなかったはずだが、日韓の葛藤を維持することで韓国の軍事化や保守化を進めた。韓国が北朝鮮や中国と連携して日本を批判するのも、現実には冷戦構造の持続に加担することになる。

したがって、支援者たちは冷戦的思考にとらわれずこの問題を考え、否定者は慰安婦の悲惨さに気づくべきである。そして日本内の国民的「合意」を見いだすべきである。
まずはそれに向けて、意見が対立する人たちで議論し、接点を作れるように日韓協議体を政府主導で作るのが望ましい。「合意」を前提にし、
支援団体のほかに慰安婦本人や第三の識者を入れるのは必須である。密室議論ではなくメディアなどに公開し、この問題に関する知識を多く持つようになった両国国民に考えてもらい、納得してもらう必要がある。
最終的には、その結果に基づいて、植民地氏支配の結果としての認識を盛り込んだ<国会決議>ができるのが望ましい。
それには、
1、1990年代の基金の試みのやり直し、つまり国民を代表する国会が主体的に解決
2、欧米の決議を受け止めつつの批判的応答
3、「戦後日本」との自己認識を「帝国後日本」と捉えなおす
この三つの意味がある。


<秦・吉見議論について>

——秦郁彦教授の意見について

1)
売春婦としてのみ見なしているー愛国した存在、特に軍が運営した場合は「準軍人」として支えたことが看過されている。たとえ売春婦としても悲惨さは変わらない。お金を稼ぎ、楽しかったとすれば、「軍のために働く存在だったから」ための強制された誇りゆえ。お金を稼いだ人だけに注目する傾向が強い。慰安婦たちが楽しかったとすれば、それはそれだけつらい生活をしのぐための自己欺瞞的誇りの結果と見るべきだ。

2)
業者を朝鮮人だけと考えているが、日本人も多かったと見える。

3)
朝鮮人だけの責任にしたがっている—需要を作った日本国家の責任を考えない。

4)
業者が軍に働きかけた境遇だけではない。業者は軍属の地位を与えられることもあった。

5)
女性たちをチェックしたのはそういう「商品」を利用しないようにしたことと考えられるが、契約書があれば問題がないという主張になる。本人が認知せずに軍を手伝うことと考えた場合もあるのだから、契約書があれば問題がないとはいえない。

6)
運動が政治活動になった動きがないわけではないが、それは参加者の一部。ほとんどは単に善意で動いたと考えるべきだ。

——吉見義昭教授の意見について

1)
`強制連行`を、構造的な強制性と捉えるのは正しいが、それを官憲がつれていったことと理解する人が多い以上、その違いは正確に語るべき。

2)
性奴隷的側面があるのは確かだが、直接に自由を拘束したのは業者であり国家。売春婦にも奴隷性があることを看過している。

3)
世界が慰安婦問題で韓国の主張を認めたことは、必ずしも支援団体の主張が正しいことを証明しない。

4)
慰安婦の生活困難は業者の搾取によるもの。インフレだけではない。

5)
オランダとの関係における違いを看過。

6)
業者には純粋に民間も存在。軍属のみではない。前線に行くひとのみ。様々な慰安所があるのに軍運営のものに限定して語っている。

7)
責任—人身売買の主体は業者なのに業者の責任は語られない。国家が加担したのは事実だが、知っていて指示し、助けた(船を使っただけで人身売買を助けたと言っていいかどうか)のと、知って黙認したのと知らずに利用したのは違う。時期によって場所によって違っていたはず。それを全て軍の責任としている。

8)
構造的強制性の中にある自発性を看過。人身売買だから性奴隷というが,そうでないケースもあるし、何よりも慰安婦の「主人」は業者だった。

*どちらも慰安婦の一面だけど見ていて結論が先だっているようだ。そうである限り「歴史学者」の議論であっても接点を見いだせないだろう。

*「被害」かそうでないかだけを強調しているが、「植民地」はその両方を持つ存在だった。

*考えるべきは、国家(帝国)欲望に動員された人々の不幸を誰が償うかのこと。兵士もその一人。慰安婦も。そこに加担した民間の責任(定住者たち、大人たち)もまた大きい。

*この問題が難しいのは体験が異なるのに、「補償」は一つの形にするほかないということ。

*慰安婦は「売春婦」も無垢な「少女」の面も併せ持っていて、そのような矛盾こそが「植民地の矛盾」だった。今では変わって来ている側面もあるが、慰安婦の役割は基本的に社会の弱者に担わされるという点で階級問題であり、家父長制や性をまで戦争に利用する国家の問題である。彼女たちは自分の身体と命の「主人」ではありえなかった。そのことを知ることこそが、慰安婦問題を考えることの意味にならなければならない。


韓国政府、慰安婦個別訪問もマスコミから逃げ回る

マスコミに見つかり逃げ帰る政府の公用車(1.11



何度か書いたが、確か野田政権の時、来日した挺対協のユン・ミヒャン常任代表が講演で、ソウルの日本大使館から職員が説得に来るが出直して来いと追い返していると話していた。実際にどういう態度で日本の役人が追い返されていたのか分からないが、職務とはいえ、大使館の職員が気の毒になった。しかも相手は毎週大使館前で嫌がらせをしている連中である。

貴方はどこの国の外交官か、
ハルモニの叱責を受ける外交次官(2016.12.29)

パク大統領と安倍首相の合意に基づき、今後は韓国政府が嫌な役目を引き受けることになった。これまで、ナヌムの家を訪問した韓国政府の役人が、日本は国際的に孤立しているなどとハルモニに期待を持たせるような事を言っていたから、慰安婦にとってはあれは嘘だったのかという気持ちだろう。ナヌムの家を説明に訪れた外交部次官はイ・ヨンスに「日本の外交部所属か」と嫌味を言われ、一人暮らしの慰安婦を公用車で個別訪問しようとした役人は、マスコミに見つかり一部は遁走するはめに。

韓国政府、元慰安婦を個別に説得

韓国外務省報道官は12日の記者会見で、従軍慰安婦問題の日韓合意を受け、元慰安婦を外務省の担当者が11日に個別に訪問し、理解を求めたと明らかにした。訪ねたのは支援団体の施設で暮らしていない元慰安婦。12日付の韓国紙ハンギョレによると、生存している元慰安婦46人のうち、20人程度が独り暮らしか家族と生活している

報道官は「独り暮らしで報道を通じた形でしか、交渉結果を知らない人もいる。今後も、合意を履行する過程で被害者側の意見をとりまとめ、反映させる努力を続ける」と述べた。

合意直後に韓国外務省の第1次官と第2次官がそれぞれ、元慰安婦の支援団体が運営する施設や、元慰安婦が共同生活する民間の支援施設を訪ねて合意内容を説明したが、元慰安婦らは反発した。

日経 2016.1.12[2]

2016/01/11

最右翼に踊り出たKAFC 「日本政府は慰安婦像に協力せよ」 


アメリカ政府が日韓合意を歓迎して見せたことで、”ワシントン”に近い韓国系の反日(?)団体の動きが鈍くなっているように見える中(あくまで主観)、後発のKAFC(カリフォルニア韓米フォーラム)が最右翼に躍り出たような感がある。KACEなどに比べると、素人臭が拭えないKAFCだが、日本のメディアにその名が登場するようになったのは軽い驚きであった。

ジャパン・バッシングの先頭を伺う勢いのKAFCは、日韓が妥協するかもしれないと聞くや、韓国政府に当事者の資格はないとして、日韓政府が「最終的解決」に合意しても対日非難を緩めない意向を表明。日韓の合意後に開催された「水曜デモ」にも、彼らの方向性が見て取れる。ボードに貼られた国際色豊かな「被害者」の顔ぶれ。複数の国が当事者だというアピールか。”ワシントン”から距離があるのは、弱みでもあるが強みでもあるだろう。KAFCのようなグループがまだまだアメリカで慰安婦騒動を煽って行くだろう。

※ 日韓合意に対するKAFCの声明(英語)

グレンデール(1月5日)
KAFCは今後も米国で慰安婦像設置運動を続ける

 アメリカ・ロサンゼルス近郊の慰安婦像の設置を推進した韓国系団体は、今回の合意を非難した上で、像の撤去は考えられないと話しました。

ロサンゼルス近郊のグレンデール市は、おととし韓国系団体からの強い働きかけを受け、市内の公園に慰安婦像を設置しました。

「人々が過去の過ちを理解して学び、二度と同じような間違いをしないためにも、日本政府は積極的により多くの像の設置に寄与すべきです。なぜ撤去する必要があるのでしょうか」(韓国系団体幹部)

韓国系団体の幹部はこう述べた上で、今後も中国系団体などと連携し、サンフランシスコなどへの慰安婦像設置を目指すと話しました。また、合意そのものについても、「河野談話より後退している」などと強く非難しました。

TBS 2015.12.29[2]

米の韓国系団体、慰安婦像推進=「河野談話から後退」と非難

米国で従軍慰安婦像の設置を推進する団体「カリフォルニア州韓国系米国人フォーラム(KAFC)」は28日、慰安婦問題での日韓合意を非難した上で、今後も像や記念碑の設置活動を続ける方針を示した。

KAFCは声明で、日韓合意について「(従軍慰安婦の)強制性を認めておらず、河野談話から後退した」と批判した。また、安倍晋三首相の謝罪に関し、「閣議決定による謝罪が明確にされておらず、将来のリーダーによって再び否定される可能性がある」と指摘した。

時事 2015.12.29[2]

米の韓国系団体、慰安婦像前で日韓合意を非難

米カリフォルニア州グレンデールに慰安婦を象徴する少女像を設置した韓国系団体が5日、像の前で集会を開き、日韓両政府の慰安婦問題を巡る合意を非難した。

この団体は「カリフォルニア韓米フォーラム」で、集会には韓国系米国人ら約70人が参加。「(慰安婦は)外交問題ではなく、人権問題。犠牲者不在の合意は受け入れられない」と訴えた。


読売 2016.1.6[2]

2016/01/10

「慰安婦像を撤去せよ」単独デモ ”骨まで親日派”に共感も

「21世紀の親日派になりたい」
「嫌韓デモを身を持って防ぎたい」

単なる変人かもしれない。しかし、迫害を恐れず、人生を賭けて日韓友好を訴えているかもしれない。自費出版を行い訴訟覚悟でネットで日本擁護論、挺対協批判を展開。注目を集める為に、反日団体の集会にも赴き警察につまみ出されたりしているのが、写真の人物シン・ミンチョル(ペンネーム:ソ・ギソク)。

彼の本を読んだわけではないので、どの程度の知識に裏づけられているのか分からないが、『親日派のための弁明』を書いたキム・ワンソプを思い出した。自らを「骨の髄まで親日派」という言う彼は、キム・ワンソプより少し下の世代で短期だが日本留学の経験がある。経歴はオーマイニュースの取材である程度確認されたようである。

彼は、挺対協を批判し、日本軍の慰安婦を民間人女性を守る為の先進的なシステムだと主張する(キム・ワンソプも似たような事を言っていたような気がする)。「21世紀の親日派になりたい」、日本に広がる嫌韓デモを全身を投げ打って防ぎたいからだと言う。

当然ネット上では「売国奴」「日本のスパイ」と

ヘイトの連鎖は終わるか?

オーマイニュースも彼のような韓国人が今後増えることを予想している。精神障害者扱いされても、ごく一部には彼の主張に共感する韓国人がいて、第二のシン・ミンチョルや実社会に現れる「親日派」が今後増えるだろうとオーマイニュースは予想している。懸念している、と言った方が正確か。

シン・ミンチョルだけではない。挺対協への風当たりは強まっている。ハルモニが全員他界すれば日韓間の最大の懸案事項は自然消滅する。それまで辛抱すればいい、という訳には行かなくなっていた。挺対協がダムの役割を果たしていたが、そのダムが脆くなって来たからだ。韓国で、未だ少数とはいえ、ポリティカルコレクトネスに意を唱える人が現れ始め、本当の意味での親日派が少しずつ社会に顔を出し始めたというのなら、時代は確実に変化している。遅かれ早かれ、日韓は「手打ち」をする運命にあったのだろう。

「慰安婦は自発的」 単独デモ敢行したソ・ギソクの正体
[人物追跡] 「少女像を撤去しよう」などイルベ닮은「極右」主張する背景を見たら・・・

「慰安婦少女像を撤去しよう。挺対協ユン・ミヒャンと従北主義者は自爆せよ」

「ナヌムの家の慰安婦お婆さん、真っ赤な嘘は止めて下さい。あなた方が自発的に慰安婦になったという真実を、私ははっきり知っています」

日本軍慰安婦問題を交渉する韓国と日本の外交長官会談が開かれた昨年の28日の午後、会談場所であるソウル市鍾路区の外交部(外務省)前は騒々しかった。

「会談の結論(結果)が日本が法的責任を回避する『政治的野合』となる可能性がある」として平和市民団体が憂慮の念を濃くした記者会見を行っていた最中 、『大韓民国時代精神』の著者だと名乗るソ・キソク氏が乱入し「慰安婦は自発的だった」と主張し、騒動を引き起こした。彼は続けて「少女像を撤去しよう」と書いたプラカードを掲げたが、警察に制止された。

後日の嵐は激しかった。「自発的慰安婦」のプラカードを持って写った写真が報道されてから、フェイスブックやツイッターなどネット上では写真の人物に対する容赦ない非難が荒れ狂った。一部の市民団体はツイッターに写真を載せ「売国奴」として彼を「公開手配」することまでした。そこには「『大韓民国時代精神』を使ったソ・ギソク(実名シン・ミンチョル)」として「日本のスパイ」というコメントなどが走った(?)。

7日現在、シン氏はツイッター上で「日本のスパイ」として知らされている。彼は本当に日本のスパイなのだろうか、彼は5日の午後<オーマイニュース>との電話インタビュー(?)で、「(私は)日本と韓国を親しく、友好的にさせるという意味で親日派だ」と語った。続けて「本名がシン・ミンチョルでペンネームがソ・ギソクというのは、間違いないか」という記者の質問に、「100%正しい」と答えた。

「慰安婦は先進的・人権的な制度」極端な主張繰り広げる

極端な主張をするシン氏(ペンネーム:ソ・ギソク)がどのような人物なのかを調べてみた。結論から言えば、日本のスパイではないものの、日本の一部極右勢力と見紛うばかりに極端な考え(の持ち主?)だった。

彼は全部で3つのブログを開設しており、三つのブログ全てのIDが「親日派ソ・ギソク」だ。2015年の2月に出た著書『大韓民国時代精神』の中で彼は自分を1970年に韓国の江原道で生まれたと明かしている。今年数え年で47才、学生運動の先頭に立った(?)386世代(60年代生まれ)の直後に生まれたわけだ。

シン氏は著書の中で自分が「韓国外国語大学政治外交学科を卒業(確認した結果、韓国外大政治外交学科91年度入学生に、実際に1970年生まれのシン・ミンチョルがいる。-記者)」「若い(?)頃から『歴史』について深い関心と情熱を抱き、小学生から大統領まで全ての韓国民が「親日派」がならなければならないという信念を持った」と書いている。 彼は「一日30分瞑想をしながら知恵と自由を耽溺する自由な魂の所有者」と自分を紹介している。

シン氏が書いた文章には彼の極端な見解がそのまま表れている。 自ら「慰安婦ハルモニに告訴・告発される覚悟で使った」と紹介するこの本の副題は「骨の髄まで親日派が送る丁寧な呼び掛け」だ。 本人のブログと本の中でシン氏は繰り返し次のように主張する。 ▲慰安婦少女像を全て撤去しなければならない▲慰安婦ハルモニは嘘をついている▲水曜デモは従北勢力の統一戦線戦術だ、というのがそれだ。

著書を詳しく見て行くとさらに驚くべき主張が展開されている。「李承晩は高宗がアメリカに送った密使(122ページ)」「,(伊藤博文を狙撃した)安重根は愚かな事をした(99ページ)」、「独島が正確に韓国領土という証拠はない、韓国人の自尊心と劣等感が表出される執着の現場が独島である(86ページ)」というものだ。 彼は慰安婦制度が「先進的かつ人権的」だったとも主張している。 戦時であったから止むを得なかったといった風(?)だ。

「慰安婦については、実際多くの誤解がある。戦時兵士たちは死の恐怖の前で深刻なストレスを受ける。そのような重度なストレスに苦しめられる兵士たちはややもすると民間人女性たちを強姦するなど残忍な行動をしかね(?)ない。日本軍はこのようなことを防ぐために慰安婦制度を運用した。 (…)慰安婦は複数の点で(?)日本軍が民間女性を保護するための先進的で人権的な制度であった」 (<大韓民国時代精神> 46ページ)

「늙은 계집(「老ビッチ」のようなニュアンスか?)」など刺激的な言葉で主張する理由

昨年の(12月)28日デモの現場、騒ぎを起こして警察に連行されて行きながらも彼はプラカードに自分の著書とペンネーム、ブログのアドレスまで書いてこれを宣伝した。 それ以後、ツイッターなどのSNSと彼のブログでは「売国奴」「韓国人とは全く思えない(?)」「日本に行ってしまえ(?)」などの非難のコメントが走った。 それでもシン氏がこのような主張を繰り返す理由は何なのか。

ヒントは彼が残した文章にある。シン氏は単独デモの4日前の12月24日、収益型ブログで悩む人々のオンラインの集いである「ブログ収益化の全て」カフェで自分のブログを紹介した。 

彼は自分を「政治・社会・歴史」分野のブロガーと紹介し」(ブログの)一日訪問者数3千人」と書いた。インターネットユーザーがたくさん訪れるのが自慢らしい。単独デモで議論になった後、ブログ訪問者数は3~4日で1万人近く増えた。

一種の「ノイズ・マーケティング」の性格も伺える。ブログによれば、シンさんは今月の18日に別の著書の出版を控えている。単独デモの際写真に写り図らずも宣伝になったブログの名前も、ブログのエントリーのそこかしこで「要注目」と著書を宣伝した。

被害者ハルモニを「늙은 계집」「ばばあ(?)」などと刺激的に描写して公憤を呼び起こすのも同じ脈絡だ。彼は韓国政府の対中外交を批判し、「習近平という中国共産党の老いたキツネ-똥오줌을 못가리는 パク・クネ」というタイトルの文章も書いた。 

「日本政府と韓国政府は難しい交渉をよく解決した。拍手を贈りたい。ユン・ミヒャン従北主義者と自発的に慰安婦になった嘘つき慰安婦ハルモニ、老ビッチ(?)が最後の必死のあがきをしている。大韓民国5千400万の国民が、彼らの汚く邪悪な本質を直視しなければならない」 (本人のブログ)

だが「(実名がシン・ミンチョルでペンネームがソ・ギソクというのは)100%正しいという彼の話によれば、初めての本『大韓民国時代精『』は本人が直接書いて出版まで一貫した(?)ように思える。本の裏(?)に著者ソ・ギソク、発行シン・ミンチョル、発行元「위대한탄생비트코인出版社」とされているからだ。インターネットあちこちに「(株)위대한탄생비트코인上 シン・ミンチョル代表」が残した跡がある。 本に紹介されたEメールIDは二つとも「親日派ソ・ギソク」が運営するブログのIDと一致する。

「自発的慰安婦」等主張が溢れているが、根拠は無いか少ない

「極右」とは、辞書では極端に保守主義的とか国粋主義的傾向の人や勢力の意味だが、シン氏が書いたブログの文章や著書を見ると、彼を「極右」と呼ぶのも曖昧だ。 むしろ彼が主張するように「骨の髄まで親日派」、すなわち韓国よりも日本と近い人物と言った方が合う。

彼は本の中で「韓国は日本の文明圏に属している(202ページ)」として韓国を日本の属国と見る。 「日本と韓国には100年の差がある」として「朝鮮500年歴史は太宗イ・バンウォン世宗大王の時代を除けばこれという成果が一つもない半(ほとんど)未開文明だった」とも書く。

シン氏は生存者の証言や写真、学術論文など歴史的資料が明確に残っている 「堤岩里虐殺事件」も「日本軍が果たしてそのような残忍蛮行を犯したのだろうか。堤岩里虐殺事件は小説で虚実だ」と主張する。 これは1919年の3・1万歳運動が起きた京畿水原(現華城市堤岩里で日本軍が住民30人余りを教会に追い立てた末、銃撃を加え火を着けて殺した事件だ。

シン氏は著書を通じ典型的な植民地近代化論を主張する。 「朝鮮人は日本統治の下、徐々に文明世界へ入り、幸福感と自信を感じ始めた(120ページ)」とか、「1910年韓日併合は歴史のジン(?)より、朝鮮半島という小さな野蛮国に日本の近代文明が輸入された進歩(109ページ)」といった感じだ。しかし溢れ出る主張に比して、根拠は殆ど無いか少ない。

本の序文(?)からしてそうだ。「誤った歴史観と世界観により苦痛を受ける大韓民国」という大げさなタイトルに比べ、実際の内容は全て推測だ。「日本の土である独島を韓国が不法占拠しているではないか」とか「安重根は烈士かテロリストか」という背中、序文の合計45の文章のうち23が推定を現わす語尾「가」または「-か」で終わる。

慰安婦は自発的だった」という主張の根拠も同じだ。被害生存者のうちの一人であるイ・ヨンスお婆さんが初期の証言で「真っ赤なワンピースと革靴が見えた、幼い心にどれくらい嬉しかったか分からない、思わず他のことは考えないでついて行くことになった」という(?)発言を問題にする。 シン氏はしかし同じ証言で、ハルモニが「옷보퉁이を押し退け、これ持っていないから家に送ってくれと言って泣き続けた」とか「日本人の男から電気拷問にあって気を失い、日本の軍人に便所で強姦された事実は問題視しなかった。 

同じサイトに上がってきた数多くの他の被害証言は無視された。彼はこれと関連した日本の責任はもちろん、戦争当時の状況と性別間の差別も認めない。不確実な情況証拠を根拠に「1940年代朝鮮の貧しい女性が生計のために日本軍に従って行った」と断定する。 

「強制的に連行されて行った20万人の少女」は過大な主張という印象を拭えない。(…) 1940年代の朝鮮の貧しい女性たちは生計のために日本軍に従っていった。様々な情況証拠から推論してみる時、私は就職詐欺にあったり日本軍と官憲によって強制的に連行されて行ったケースは20~30%未満という慎重な推定を試みる」 (<大韓民国時代精神> 55ページ)

これと関連してナヌムの家のアン・シングォン所長は「日本の右翼が主張するのと全く同じだ」として「(シン氏は)被害者の強制性を無視するが、これは国連の人権委など国際社会と河野談話等を通じてすでに認められたことだ」と反論した。 実際にシン氏は「日本軍が強制的に慰安婦を連行することはなかった(57ページ)」と書いた。日本軍慰安婦被害者と共にある「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」側はシン氏について、「相手にする価値もない」と一蹴した。

20代に日本留学後「親日派」に変身、「イルベ」に投稿した文章が削除されることも

地元韓国人であるシン氏がこのように日本に友好的な「親日派」になったのは、20年前、つまり27才の時の日本留学の影響と見られる。 韓国に戻った後、彼はソウルの日本大使館の前で24年目開かれている「日本軍慰安婦問題解決のための定期水曜デモ」に行っても「日本大使館の職員が非常に苦労しているという残念な気持ちになる」(本55ページ)と書いた。 シン氏は留学当時の経験を描写してこのように書く。

「私は1996年に6ヶ月間東京で語学研修を受けた。当時<朝日新聞>には慰安婦ハルモニのインタビューがたくさん載っていた。そして日本のマスコミで韓国に関する報道が多かった。私は「日本は韓国を非常に重要視しているのだ、韓国と緊密に協力したいのだ」という印象を受けた。 慰安婦問題についても日本もたくさん努力しているのだなという印象を受けた」 (<大韓民国時代精神> 63ページ)

極右・極論を繰り広げるという点でシン氏の主張はインターネットコミュニティ「日刊ベスト貯蔵所(イルベ)」とぶつかる(?)こともある。 シン氏は実際に自身の主張と著書の紹介をイルベに継続して上げ、掲示文を削除されたりしている。

彼は昨年の3月28日、「親日派イ・ギソク」のIDでイルベに「日帝統治35年を眺める視点などについて私が書いた文章が削除された、とんでもない」として「イルベには表現の自由がないのか」と抗議する文章を掲載した。

それでもシン氏は自分をむしろ真実を語り迫害を受ける人間」と描写する。 「この記事を書き無数の非難を聞くことを考えると、多少心配が先に立つ。 どうしようと、誰か一人でも真実を言わなければならないと思う(89ページ)」と、逆に彼と異なる多数の韓国人が「70年間反日洗脳教育」を受けて来たと考える。 彼は「中国と韓国の歴史教科書が間違っていて、日本の歴史教科書は間違っていない(133ページ)」という危険な主張を展開する。

一部ではシン氏を精神異常者扱いし、再考する価値もないと言われる。しかし注目すべきは、以前とは違いシン氏が自分の意見を「単独デモ」という形で不特定多数の人々に公然と表明したという点だ。 以来、彼の意見に同調する人も現れた。 ブログで大多数の人はシン氏を非難したが、ごく少数の幾人かは「真実を恐れない姿が素晴らしい」「私も志を同じくしたい」とコメントした。

オンラインだけでなくオフラインでも似た主張が出始めた。「もう日本を許そう」と、4日の日に記者会見を行った「ママ部隊奉仕団」はソウルにある挺対協の事務所に赴き「挺対協にはハルモニを前面に出して社会を乱そうとうする不純な動機があるようだ」と語った。6日、保守系団体「父母連合」も「(水曜デモを先導する)挺対協指導部は北朝鮮を称賛する勢力」と主張し、「従北レッテル」を貼った。

水曜デモが従北?オン・オフラインあちこちに「第2のシン氏」出現

極右主張を広げる「第2のシン氏」や他の「親日派」たちのオフライン出現は今後さらに頻繁になるものと見られる。 セウォル号特調委員の弁護士がイルベの掲示文をSNSで拡散し(?)国政監査の場でイルベサイトに接続する「イルベ国会議員」がいる(?)限り、ネット上やオフラインで同じような主張を根拠無く繰り(?)広げる人々が現れるだろう。

イルベ利用者のインタビューやデータ分析などを通じて週刊誌<시사인>と一緒にイルベを分析した「아르스프락시아」のキム・ドフン代表はイルベの生存戦略を「센 놈에 붙어라」と定義する。 彼は「この戦略で少数者に手を差し延べ連帯するのはタブーだ、『国家-父』に対する順応は少数者嫌悪の原動力になる」と付け加えた。「韓国政府は難しい交渉をよく解決したが嘘つき慰安婦ハルモニ、老ビッチ(?)が最後の必死のあがきをしている」というシン氏の発言とピッタリ一致する。

シン氏は当初、6日の日に<オーマイニュース>と会ってインタビューを受ける予定だった。しかし彼は前日の午後になって突然電話でインタビューをキャンセルし、(電話での?)インタビューを拒否した。「インタビューの話を聞いた周囲の人々が私を心配するのが想像以上(?)、私の考えが整理されるまでは報道機関のインタビューには応じない」というのが理由だった。 

シン氏は「私が書いた本は告訴・告発されることを覚悟して心血を注いで書いた」「どんなことでも十分に責任を負う覚悟は決めている」と話し、急いで電話を切った。

私は21世紀の親日派になろうと思う。なぜか?私は日本で広がる嫌韓デモを全身を投げ打って防ぎたい気持ちが切実(?)だからだ。(…)もう過去を忘れよう。韓日軍事同盟を結ぶためにも過去の歴史を下ろそう。慰安婦少女像を撤去することが韓国と日本の未来のために賢明な道だと確信する。 慰安婦問題で日本政府をこれ以上圧迫するのをやめよう」 (<大韓民国時代精神> 70,231ページ)


2016/01/08

「日本は謝罪していない」72% 合意評価せず54% (世論調査韓国)


韓国世論調査、慰安婦合意「評価せず」54% 「評価する」26%
少女像移転反対72%

民間調査会社の韓国ギャラップが8日にまとめた韓国での世論調査で、旧日本軍の従軍慰安婦を巡る日韓合意について「評価しない」が54%となり、「評価する」26%の2倍以上になった。否定的な回答の理由では元慰安婦の意見を聞いていないとの指摘が最も多かった。

調査は5~7日に実施。朴槿恵(パク・クネ)大統領の支持率は40%と12月第3週の前回調査から3ポイント低下。不支持率は7ポイント高い53%になった。

ソウルの日本大使館前に設置された従軍慰安婦を象徴する少女像については「合意内容を日本が履行するかどうかに関係なく移転すべきでない」が72%に達した。「日本が履行すれば移転してもよい」は17%だった。

韓国の野党や一部の市民団体が要求している日本との慰安婦問題再交渉は「すべきだ」が58%、「すべきでない」は28%。日本政府が謝罪したと思うかどうかは「謝罪していない」が72%、「謝罪した」は19%だった。

日経 2016.1.8[2]

追記: 日本の世論調査

慰安婦合意49%評価、北制裁「強化を」76%

読売新聞社は8~10日、全国世論調査を実施した。

慰安婦問題を巡る昨年12月の日韓両政府の合意について聞いたところ、「評価する」が49%で、「評価しない」の36%を上回った。今後、日韓関係が「改善する」との回答は50%で、「改善しない」の38%よりも多かった。日韓首脳会談直後の昨年11月調査(6~8日)では、「改善する」は40%で「そうは思わない」の47%を下回っていた。

日韓合意について、韓国内では批判的な声が多いが、日本では長年の懸案についての合意に肯定的な評価と期待感の方が多かった。

 核実験を実施した北朝鮮に対して、日本が制裁を「強めるべきだ」との回答は76%に達し、「その必要はない」の14%を大きく上回った。

安倍内閣の支持率は54%で、前回調査(昨年12月17~18日)の49%から上昇し、2か月ぶりに5割台を回復した。慰安婦問題の合意への評価に加え、北朝鮮が核実験を実施したことで、その対応にあたる安倍内閣への支持に結びついたとみられる。不支持率は36%(前回39%)だった。

読売 2016.1.10

2016/01/07

「韓日『談合』を憂慮する朝鮮女性有志」 外務省前で水曜デモ


紙製の慰安婦少女像も登場

挺対協が世界に呼びかける中、日本でも日韓合意に抗議する世界連帯水曜デモが、霞ヶ関の外務省前で開催された。日本における呼び掛け人は「韓日『談合』を憂慮する朝鮮女性有志」なるグループ。朝鮮新報も「南朝鮮」の従北団体である挺対協なら応援しないわけにはいかない?「朝鮮民族の尊厳踏みにじる合意」と。女性の尊厳やら朝鮮民族の尊厳やら・・・。

外務省前で水曜デモ連帯行動

“朝鮮民族の尊厳踏みにじる合意、絶対に許せない”

南朝鮮当局と日本政府による日本軍「慰安婦」問題合意に反対して6日、ソウル日本大使館前における水曜デモと連帯する世界同時行動が各国で行われた。韓国挺身隊問題対策協議会が緊急で呼びかけた。日本軍「慰安婦」被害者らによる水曜デモが24周年を迎えたこの日、合意に反対し、南朝鮮、日本、中国、米国、カナダ、ドイツなど、世界各国で、日本軍「慰安婦」問題の真の解決を求める声があがった。

東京の外務省前では、「韓日『談合』を憂慮する朝鮮女性有志」の呼びかけによって、同日正午と夕方の2回にかけて連帯行動が行われた。正午は約20人、夕方には約50人が集った。

朝鮮新報 2016.1.7[2]

2016/01/06

「従北勢力挺対協の正体を暴く!」 少女像近くで保守派デモ

「挺対協は従北勢力、その正体を明らかにする」
それでもやっぱり反日(苦笑)

慰安婦問題となると右も左もなくなると思われた韓国だが、パク・クネ大統領が日本と「最終かつ不可逆的解決」に合意したことで、大統領を支持する保守派とこれを非難する挺対協に代表される左派が分裂。二日前も、挺対協の事務所に保守派が押しかけたが、今日は、挺対協が聖地とする日本大使館前に挺対協を糾弾する保守派が押し寄せた。市民同士の衝突を憂慮した警察に阻止され、慰安婦像には近づけなかったらしい。

正午に始まる水曜デモはまだ開催中だったのか?

今日は、挺対協による恒例の水曜デモが正午に開催され、たまたまだが、24周年記念日ということで1000人以上が集まっていた。反挺対協グループが現れた時、水曜デモはまだ開催中だったのだろうか?ここ数日は、夜も左派系の学生グループが慰安婦像の前に詰めている。毎日新聞は、「日本政府関係者は、韓国側で意見が割れる状況について『韓国側で対応すべき問題だ』と突き放す」と伝えている。面白いことに、アメリカの韓国系は、右も左もお互い上手くやっているらしい。もっとも、これだって、いつまでも続くとは限らないか。


追記: 父母連合は慰安婦像の前で安倍首相に扮して(?)ひざまずいたり、旭日旗を破るパフォーマンスを行ったということである。

父母連合、「慰安婦」団体に「従北勢力」卑劣な言葉

大韓民国父母連合をはじめとする保守系団体が韓国挺身隊問題対策協議会を「従北勢力」と批判して論議が予想される。

これらは6日の午後2時頃、ソウル市鍾路区寿松洞の元(注:現在建替え中)日本大使館前の平和の少女像の近くで開いた記者会見で、「挺対協指導部は大韓民国を転覆させ、北朝鮮を称賛する勢力が完全(?徹底的)に掌握しており、彼らは北朝鮮礼賛 전력(全力?)で実刑まで生きた(?)人間だ」と主張した。

また、彼らは挺対協が「挺身隊(問題?)の妥結があたかもパク・クネ政府の過ちであったかのように、世論を糊塗している」とし「これ以上この国を揺るがすような真似はするな」と主張した。 続けて「挺対協の巧妙かつ卑劣な戦略に対抗し、彼らの正体を明らかにし、大韓民国を従北勢力から守るのに率先(?)する」と話した。

一方彼らは、過去キム・デジュン政権(政府)とノ・ムヒョン政権の対日外交の例を指摘しながら、今回の政府の慰安婦合意については「過去のどの政権も成し遂げられなかった外交的成果(結実) であり未来指向の国益のための大統領の勇断」と評価した。
日本政府とメディアに対しては「金を前面に出した日本の処世は大韓民国国民を冒涜する行為だ」として「今後(?)このようなニュアンスが漂う政治的発言とメディアプレイは中断しなければならない」と要求した。

これに先立ち、保守系団体のメンバーたちは少女像の前で記者会見をしようとしたが、これを阻止するための市民同士の衝突を憂慮した警察が阻止したことで、しばらく対峙する状況があった(?)。

民衆の声 2016.1.6[2]

어버이연합, ‘위안부’ 단체에 “종북 세력” 막말

대한민국어버이연합을 비롯한 보수단체들이 한국정신대문제대책협의회에 대해 “종북 세력”이라고 비판해 논란이 예상된다.

이들은 6일 오후 2시경 서울시 종로구 수송동 옛 일본 대사관 앞 평화의 소녀상 부근에서 연 기자회견에서 “정대협 지도부는 대한민국을 전복시키고 북한을 찬양하는 세력이 철저히 장악하고 있으며 그들은 북한 찬양 전력으로 실형까지 살았던 인물들”이라고 주장했다.

또 이들은 정대협이 “정신대 타결이 마치 박근혜 정부가 잘못한 것인 양, 여론을 호도하고 있다”면서 “더 이상 이 나라를 흔드는 일을 해서는 안 된다”라고 주장했다. 이어 “정대협의 교묘하고 비열한 전략에 맞서 그들의 정체를 밝히고, 대한민국을 종북세력으로부터 지켜내는데 앞장설 것”이라고 말했다.

한편 이들은 과거 김대중 정부와 노무현 정부의 대일 외교 사례를 지적하면서도 이번 정부의 위안부 합의에 대해서는 “과거 어느 정부도 하지 못했던 외교적 결실이며 미래지향적 국익을 위한 대통령의 용단”이라고 평가했다.

일본 정부와 언론에 대해선 "돈을 앞세운 일본의 처세는 대한민국 국민을 모독하는 행위"라며 "이 시각 이후 이런 뉘앙스가 풍기는 정치적 발언과 언론플레이는 중단해야한다"고 요구했다.

앞서 보수단체 회원들은 소녀상 앞에서 기자회견을 하려 했으나 이를 저지하기 위한 시민들 간의 충돌을 우려한 경찰의 저지로 한동안 대치 상황이 벌어지기도 했다.

2016/01/05

6日、世界同時日韓合意無効デモ

グレンデール市でもデモを計画中

日韓合意無効を主張する韓国系の人々が全世界同時デモを6日に予定している。デモは、アメリカの他、カナダやドイツでも計画されている。

トロント(カナダ)でも

ニューヨーク周辺では、「日本の戦争犯罪を知らせるニューヨーク市民」なるグループこそ初耳だが、「ニューヨーク韓国人父兄協会」などの名前が上がっている。父兄協会は、最近では、世宗大学にパク・ユハ教授を追放するよう要求したりしているが、NY州議会で独島(竹島)キャンペーンや慰安婦キャンペーンを繰り広げている。「戦犯旗(旭日旗)撲滅市民の会」を率いるペクは、パリセイズパークの慰安婦碑のガーディアンのような存在(碑周辺の緑地の整備を請け負っている)で、KAPACや父兄協会のメンバーなどとは、これまでも行動を共にして来た。

右が戦犯旗撲滅市民の会のペク
左はKAPACのイ・チョルウ

この内、KAPACは運動から身を引いたが、KACEやワシントン挺対委というメジャーな団体が加わるのかどうかが気になる。

「慰安婦交渉無効」 NY日本総領事館・NJ慰安婦顕彰碑など全世界同時デモ


韓日政府の慰安婦交渉源泉無効を宣言する全世界連帯デモが6日開催される。

日本の戦争犯罪を知らせるニューヨーク市民(JWCN)」は2日「2016年の初めての水曜デモを全世界が連帯する集会で開くことになった」「特に今回のデモは海外慰安婦顕彰碑第一号であるニュージャージー州のパリセイズパークとマンハッタンの日本総領事館の前で初めて同時開催される」と発表した。

今回のデモは、ニューヨークやニュージャージーをはじめ、ワシントンやアトランタ、シカゴ、ロサンゼルス、サンフランシスコなどのアメリカの主要都市のコリアンが参加することが発表された。

JWCNのある関係者は「一部でニューヨークとニュージャージーで時間(?時差)を別にしようという意見も出たが、同時連帯デモの趣旨を生かすために、それぞれ分離して(?)開催することにした。 参加を希望する人々が気楽な所で合流すればいい」と話した。

ニューヨークとニュージャージーで同時刻に開催するだけに各地域の韓人会が主管する方法も検討される中で、進歩派と保守派の人々が同じ声をあげるデモになるかが関心を集めている。これまで(にも?)ニューヨークなどアメリカでの慰安婦問題は進歩系と保守系の団体の立場が一致していたからだ。

ニューヨークで結成されたイルチョントェモ(日本の戦犯旗撲滅市民の会 The Citizens Against War Criminal Symbolism)がこれまでニューヨークとニュージャージーで数度開催した集会に進歩系はもちろん保守系団体の代表も積極的に参加している。一部の地域では、保守系の団体が慰安婦少女像と顕彰碑の建立を推進している。

保守系団体であるニューヨーク韓国人父兄協会(共同会長チェ・ユンヒ・ラジョンミ)は慰安婦合意の直後声明を通じ「ホワイトハウスや国務部で'安倍晋三総理が慰安婦問題に対して責任を痛感するという言及が期待以上の進展であり非常に驚くこと'と発表したことはその間『河野談話』を通じてすでに日本政府が慰安婦問題に謝ったのを、否認してきて過去のような水準と認定したことであるから行き過ぎた賛辞は危険」と指摘した。

チェ・ユンヒ会長は「ニューヨーク韓国人父兄協会はニューヨーク州の上院議員トニー・アベラ議員を通じ、2014年6月ニューヨーク州の公立学校で慰安婦問題を教育する方法をニューヨーク州の上院で通過させた[英語]。 過去を許しても絶対に忘れないでおくべきで、女性と子供たちを対象に行った人権蹂躪と強姦と拉致の世界史に見られない悪辣空前絶後な戦争犯罪に対して学校で詳しく教育して再びこのような歴史が繰り返されないようにユダヤ人虐殺と共にすべての学生たちに危険性に対し知らせなければならない」と強調した。

イルチョントェモのペク・ヨンヒョン共同代表は「韓国と日本の外交長官の慰安婦合意は日本政府の公式謝罪と賠償という基本原則を破っただけでなく、二度と口外もするなという屈辱的な交渉だ」としながら「しかも日本のマスコミは慰安婦少女像の撤去が条件という侮辱的な報道を持続的にしているだけに、保守と進歩(という立場?)を離れ、すべての韓国人が集まって過ちを正さなければならない」と力説した。

ニューシス 2016.1.2[2]


'위안부 협상 무효' NY 일본총영사관·NJ 위안부기림비 등 전세계 동시 시위


노창현 특파원 = 한·일 정부의 위안부협상 원천 무효를 선언하는 전 세계 연대시위가 6일 개최된다.


'일본전쟁범죄를 알리는 뉴욕시민들(JWCN)'은 2일 "2016년의 첫 수요 시위를 전 세계가 연대하는 집회로 열기로 했다"면서 "특히 이번 시위는 해외 1호 위안부기림비가 있는 뉴저지 팰리세이즈팍과 맨해튼의 일본 총영사관 앞에서 사상 처음 동시에 개최된다"고 밝혔다.

이번 시위는 뉴욕·뉴저지를 비롯, 워싱턴 애틀랜타 시카고 로스앤젤레스 샌프란시스코 등 미국 주요 도시들의 한인들이 참여할 것으로 알려졌다. 

JWCN의 한 관계자는 "일부에서 뉴욕과 뉴저지에서 시차를 달리 하자는 의견도 제시됐지만 동시 연대시위의 취지를 살리기 위해 각각 나눠 개최하기로 했다. 참가를 희망하는 분들이 편한 곳에서 합류하면 된다"고 말했다. 

뉴욕과 뉴저지에서 동시간대에 열리는 만큼 각 지역 한인회가 주관하는 방법도 검토되는 가운데 진보와 보수 인사들이 한 목소리를 내는 시위가 될지 관심이 모아지고 있다. 그동안 뉴욕 등 미주에서 위안부 이슈는 진보와 보수단체들의 입장이 다르지 않았기 때문이다.

뉴욕에서 결성된 일전퇴모(일본전범기퇴치시민모임)가 그간 뉴욕과 뉴저지에서 수차례 연 집회에 진보인사들은 물론, 보수단체 대표들도 적극 참여한 바 있다. 일부 지역에서는 보수단체들이 위안부 소녀상과 기림비 건립을 추진하고 있다.

보수단체인 뉴욕한인학부모협회(공동회장 최윤희 라정미)는 위안부 합의 직후 성명을 통해 "백악관이나 국무부에서 '아베 신조(安倍晉三) 일본 총리가 위안부 문제에 대해 책임을 통감한다는 언급이 기대이상의 진전이며 매우 놀라운 일'이라고 발표한 것은 그동안 '고노(河野) 담화'를 통해 이미 일본 정부가 위안부 문제에 사과한 것을, 부인해 오다가 과거와 같은 수준으로 인정한 것이므로 지나친 찬사는 위험한 일"이라고 지적한 바 있다.

최윤희 회장은 "뉴욕한인학부모협회는 뉴욕주 상원의원 토니 아벨라 의원을 통해 2014년 6월 뉴욕주 공립학교에서 위안부 문제를 교육하는 법을 뉴욕주 상원에서 통과시킨 바 있다. 과거를 용서는 한다 할지라도 절대로 잊지 말아야 하며, 여성과 어린이들을 대상으로 행한 인권 유린과 강간과 납치의 세계사에서 볼 수 없는 악랄하고 전무후무한 전쟁범죄에 대해서 학교에서 자세하게 교육하여 다시는 이런 역사가 반복되지 않도록 유태인 학살과 함께 모든 학생들에게 위험성에 대하여 알려야 한다"고 강조했다.

일전퇴모의 백영현 공동대표는 "한·일 외교장관의 위안부합의는 일본 정부의 공식 사죄와 배상이라는 기본 원칙을 저버린 것도 모자라 두 번 다시 입밖에 내지도 말라는 굴욕적인 협상"이라며 "더구나 일본 언론은 위안부 소녀상 철거가 조건이라는 모욕적인 보도를 지속적으로 하고 있는 만큼 보수와 진보를 떠나 모든 한인들이 모여서 잘못된 것을 바로 잡아야 한다"고 힘주어 말했다.

「安倍は謝罪した」「政治利用止めろ」挺対協前で保守派がデモ


親日とか日韓友好ではなく、大統領支持派による挺対協批判ということなのか?挺対協の事務所の前で、慰安婦問題の政治利用を批判する韓国の保守派。毎週やってもらいたい。

ママさん部隊 「安倍は、真の謝罪をした」

ママさん部隊など保守系の団体の会員20人余りが4日午後、ソウル麻浦区の韓国挺身隊問題対策協議会の事務所前で記者会見を開き、「安倍の謝罪を受けたのだから、日本を許してみよう」「挺対協は、この問題を政治利用するな」と主張した。

NATE 2015.12.4[2]
엄마부대 "아베, 진정한 사과했다"

엄마부대 봉사단 등 보수 성향의 단체 회원 20여명은 4일 오후 서울 마포구 한국정신대문제대책협의회 사무실 앞에서 기자회견을 열고 "아베의 사과를 받았으니 일본을 용서하자"며 "정대협은 이 문제를 정치적으로 이용말라"고 주장했다.

2016/01/03

米国務省は、韓国系団体に自制を呼びかけたのか?(最終合意)


アメリカ政府が、国内の韓国系団体にも日韓の合意を尊重して活動を自制するよう呼びかけたとNHKが報じたが、一応、29日の国務省の会見からそのくだりを。

Q: ...When it comes to United States, there are relevant groups trying to build stature in United States public places or lobby to the legislature to adopt condemning resolution to Japan, or et cetera. So does your government have any role to play or consideration to that?

MR TONER: — inside the United States. I would just say that everyone will make their own judgments about this agreement. But I do hope – we do hope as the United States that others, including here in the U.S., will support this agreement and its full implementation as we do. (皆が、この合意についてそれぞれの判断を下すだろうとだけ申し上げておきます。しかし、私としては・・・我々アメリカ合衆国としては、我々以外も、ここアメリカの人々も含めて、この合意とその完全なる履行を、我々同様、支持してくれることを願ってます)We believe it’s an important gesture that will promote healing and reconciliation, and the support of civil society for this settlement will be crucial to its success in the end.

国務省会見(一部) 2015.12.29

これを見ると、質疑応答の中での発言でもあり、「呼びかけた」と言ってよいか微妙なところである。「韓国系の団体」と名指しされているわけでもない。よって、これでアメリカにおける韓・中国系団体による「日本軍性奴隷キャンペーン」が沈静するかどうかは、分からない。

2016/01/01

[日本語訳] NYT「論争の韓国の慰安婦物語」(帝国の慰安婦)

欧米メディアの報道も微妙に変化?

新年あけましておめでとうございます。

昨年は、最後の最後に大きな出来事がありました。日韓が慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」に合意。これについては、まだこの後、一つか二つ小波乱があるかもしれません。

これに比べれば地味なニュースではありますが、ノリミツ・オオニシ以降、慰安婦問題についてかなり偏った報道を繰り返して来たニューヨーク・タイムズが、12月になり『帝国の慰安婦』を巡る韓国の騒動に絡み、初めて(?)慰安婦問題に関して真っ当な・・・あえて言えば「正直な」記事を掲載しました。この記事は、現在密かに他の欧米メディアに影響を与えつつあるのではないかという気がしています。また、アメリカの反日運動家にもインパクトを与えたらしい気配もあります。

昨年の教科書の国定化パク・ユハ教授の在宅起訴というニュースで、国際社会の韓国を見る目も変わって来たようです。この記事にもありますが、日本も韓国もどっちもどっちという目で見られ始めたようです。敵失というわけでもないでしょう。韓国政府にも言い分はあるはずで、要するに、日本の場合と同じく欧米メディアの無知もあるのでしょう。それでも、日本にとっては棚からチャンスが降って来たようなもの。少しずつですが、状況は好転しています。

論争の韓国の「慰安婦」物語、激しい反発を呼んだ大学教授

2013年に朝鮮人「慰安婦」に関する本を出版した時、この本がどのように受け止められるか「少々不安だった」とパク・ユハは書いている。

結局のところ、この本は戦時性奴隷についての「常識」に真っ向から挑戦する物だった、と彼女は言う。

しかし、反発がこれほどとは、彼女ですら考えていなかった。

今年の2月、韓国の裁判所は、パク氏の『帝国の慰安婦』に関して、虚偽の事実で元慰安婦の名誉を毀損しているとして34箇所の改訂を命じた。パク氏は、韓国では広く日本の植民地支配による被害と歴史的正義の回復(原文:渇望)の神聖なるシンボルとみなされている老婆たちの名誉を毀損したという理由で、刑事裁判の被告にもなっている。彼女は何人かの慰安婦自身からも名誉毀損で訴えられている。

慰安婦たちは、パク氏が日本文学の教授を務めているソウルの世宗大学からの追放を要求している。他の研究者たちは、彼女を戦争犯罪に関する日本の弁解人だと言っている。ソーシャルメディアでは、彼女は「裏切り者の親日派」とされている。

「彼らは慰安婦の異なる面を見せたがらないのです」穏やかな語り口調の彼女は、支援者の一人が経営する物静かな街角の喫茶店での最近のインタビューで語った。「そんなことをすれば、彼らは問題を希釈化し、日本に免罪符を与えることになると考えるのです」

慰安婦問題は長い間議論の的となって来た。批判者らが単なる日本の代弁者と呼ぶパク氏・・・によって提示されたサンプル(出来事)が、これまで何年にも渡り提供されて来た多くのサンプルよりも正しいのか判断するのは難しい。ともあれ、パク氏が立ち向かう韓国人の間の常識は、韓国人の隣の島国に対する敵意と同じく、数十年に渡り、ゆるぎない物として存在し続けているのである。

公的史観によれば、20世紀の初期、日本政府は軍隊が運営する自国の売春宿に朝鮮その他から無垢な少女たちを強制的に連れて行った。そこで彼女たちは性奴隷として拘束され、第二次大戦に日本が敗れるまで続いた35年間の日本の植民地統治の最悪の伝説として、日に何十人もの兵隊に汚されたのだった。

本の為に、韓国と日本の豊富なアーカイブを精査し生存する慰安婦にインタビューしてリサーチした58歳のパク氏は、そうした浄化され画一化された朝鮮人慰安婦のイメージは、慰安婦の正体を十分説明出来ないし、韓国と日本の間の数々の問題の中でも最も感情的な問題を一層深刻化させることに気づいたという。

彼女が言うところの、慰安婦の人生に対するより包括的な見方を提示する為に、彼女はある者にとっては新鮮だが、多くの者にとっては豪語同断、時に裏切りとさえ受け取られる主張をした。

本の中で彼女は、女性を「慰安所」に連れ込んだり強制したのは不当な利益を得る朝鮮人協力者と民間の日本人募集人たちで、「慰安所」での生活は強姦とも売春とも無縁ではなかったが、日本政府が公式に朝鮮人女性に対する強制に関与したという証拠はなく、それゆえ法的責任はないと強調している。

売春宿でしばしば「奴隷のような境遇」の下で虐げられてはいても、朝鮮や台湾といった日本の植民地の女性たちは、帝国市民として扱われ、自分たちのサービスを愛国的行為と認識することを期待されていた。彼女たちは日本兵たちと「同志風」の関係を結び、時に彼らと恋に落ちたと彼女は書いている。彼女は、日本兵たちが病気の慰安婦を愛情深く介抱し、売春婦となることを望まない者たちを帰郷させたケースも紹介している。

この本は数千部しか売れなかったが、途方もない論争を呼んだ。

「彼女のケースは、韓国において慰安婦に関する型にはまった知識に楯突くことがいかに困難になってしまったかを表している」と、社会批評家のキム・クハンは言う。

昨年日本で発売されたパク氏の本は、賞を受賞した。先月、日本とアメリカの54人の識者が、「学問と報道の自由に対する抑圧」であると韓国の検察を非難する声明を出した。その中には、1993年に慰安婦募集の中の強制性を認めた画期的な謝罪を出した河野洋平元官房長官もいた。

その時ですら、河野氏は募集は主に日本軍や行政、軍人の要請で働いていた民間業者が行ったと述べた。しかし、怒れる韓国人たちにとっては、河野の通告は謝罪を無意味にするものでしかなかった。

今月、190名の韓国の学者と文化人が、パク氏が著書の中で試みたことを支持する声明を発表した。書かれていること全てを支持したわけではないが。彼らは、彼女の起訴を「公衆の意見を国家のコントロール下に置こうとする」「時代錯誤」な試みだと訴えた。

しかし他の人々は、学問の自由を言うのは、批判(反発)の本質を見誤っていると主張する。今月、380人の日本や韓国その他の国の学者と運動家がパク氏を「重大な法的理解に対する軽視を露に」し、日本の国家責任という問題の本質を回避しているとして非難した。

彼らの声明は、軍のような日本の国家機関が数万人の女性を性奴隷にするという「おぞましい犯罪」に関与したのだと主張する。1990年代の二人の国連特別報告者に共通する見方である。

ソウル大ロースクール(?)のヤン・ヒュンア教授は、パク氏の言語道断な間違いは「女性たちの人生から選択的に抽出した些事を一般化する点だ」と言う。

「あの女がこの国から追放されればいいのに」パク氏を訴えた9人の元慰安婦の一人ユ・ヒナム(87)はそう言いながら記者会見で杖を振るわせた。

息子を連れて夫と離縁したパク氏は、韓国で育ち、高校を卒業してから家族で日本に移住した。日本で大学に進学し、早稲田大学で日本文学の博士号を取得した。彼女は、以前に上梓した『和解の為に』で慰安婦問題に触れている。この本は、二つの国の間の悩ましい関係を癒すという彼女のもっと大きな願い(興味)を反映した物だった。

彼女は2011年に、慰安婦を売春婦と主張し、韓国での慰安婦のイメージを否定する日本のディナイアー(否定論者)達との間の溝を埋めるべく新しい本を書き始めた。この溝は、それぞれの政府の歴史観を国民に押し付けようとしているとして批判されている韓国のパク・クネ大統領と日本の安倍晋三首相の下で深まったように見える。

昨年、安倍氏の政治的同志達は、1993年の河野氏の謝罪の撤回(再考)を主張することまでした。

パク氏は、家父長制社会や国家主義や貧困が慰安婦の募集に果たした役割を調べることによって、議論を深めようと試みたと言う。中国のような占領地で戦利品として捕らえられた女性と異なり、植民地朝鮮の女性たちは、現代の貧しい女性たちが売春婦となるのとそっくり同じようにして慰安婦所に連れて行かれたのだと言う。

加えて、彼女はもっと最近の、1960年代から80年代までの韓国で、冬季演習中のアメリカ兵たちの後をついて歩いた韓国人売春婦と日本軍慰安婦を比較した。(元アメリカ軍売春婦たちによれば、しばしば毛布を腕に抱えていたことから「ブランケット部隊」と呼ばれた女性たちは、アメリカ軍部隊を探す売春業者に導かれて雪の丘を歩いたり、アメリカ兵たちが列を作る前で、テントで野戦売春宿を設営したりした)

「朝鮮人慰安婦は犠牲者だった。しかし同時に、彼女たちは植民地からの人間として協力者でもあった」と、裁判所の指示で改定されたの部分でパク氏は書いている。

しかし彼女は、たとえ日本政府が直接女性たちの強制リクルートを命じなかったとしても、たとえ一部の朝鮮人女性が自発的に慰安所に赴いたとしても、日本政府は、こうした事が起こる原因となった帝国主義的構造を構築した「罪」を免れることは出来ないとつけ加えた。

パク氏は、自分には慰安婦を中傷する理由がないと言う。

朝鮮が開放された1945年以後、元慰安婦たちは「自分を売った親や朝鮮人業者」に対する憎しみといったような思い出の多くを捨て去った。代わりに、反日感情を煽るためにナショナリスト活動家らに押し付けられた「被害国のシンボル」という役割を演じることのみを期待され、そして韓国人一般に受け入れられたのだと彼女は言う。

「自発的だろうとなかろうと、売春婦だったか否かに関わらず、我々の社会では彼女たちは純粋無垢な少女でなければいけないのです」と彼女はインタビューの中で語った。「さもないと、人々は日本に責任を負わせられないと思っています」