頂いたコメントなど



在米日本人 2013年5月12日 0:20

息子はアメリカで生れ、アメリカの教育を受けました。
アメリカでは南京事件、パールハーバーの事を学び、
日系の子供達は辛かったと思います。
私は日本に帰った時、子供を広島に連れて行きました。
その時、はじめて戦争を知ったと思います。
彼が韓国と日本との言い争い?を見ていて、
言った事は「僕達はその時代の事を全く知らない。どちらが正しいと判断できない
ただ言える事は今の時代を生きている事だ」。
アメリカ人はポジティブシンキング?です。
本当に、自分達のいなかった時代の事で揉めるなっていいたいのでしょう。
彼にはフィリピン人の友達もいます。
おばあちゃんから 村が爆破された、、って聞いたようですが、
それが、戦争で、戦争を無くすことの方が大切だと思っています。
韓国人の友達も過去のことなど話しません。
でも皆、パーティで集まったりしています。
本当に在米韓国人に言いたい。
アメリカで止めてくれと。貴方達はアメリカで日系人と、
韓国人を戦わせたいのかと。
アメリカで生まれ育ったその在米韓国人の子は
親と意見が合わず、親から離れようとしています。
韓国からの活動家により、在米韓国人も必死なのでしょうが、
アメリカで生れた次の世代が祖国を悲しく思うようになり、
自分に返ってきます。今目の前だけの事を考え行動していると、
(在米韓国人の全てではないかもしれませんが)
今の在米韓国人のしている事はアメリカで負の歴史を刻む?ことになるのです。
子供達に恥ずかしいと思われる行動を在米韓国人はやめるべきです。
従軍慰安婦が強制連行、日韓併合がどうのこうのというのは
日韓の問題であり、アメリカで生れたアジア系の子供達には関係ないのです。


ringaya 2012年1月21日 23:13

はじめまして、長野新一と申します。福岡県在住です。
『ソウル発これが韓国主義』を読みまして気になることが、
有りましたので、書きます。
従軍慰安婦問題に関しまして、遥か昔に聞いたことを、伝えたい思います。
昔、東京の(株)中西儀平衛商店(現:ブルーミング中西)に
勤めていた頃、大先輩(母と同年齢)から聞いた戦時中の、お話です。
売春婦(従軍慰安婦?)には3種類のピー(売春婦)がいたそうです。
朝鮮人ピー、支那人ピー、日本人ピー、です。
朝鮮人ピーには朝鮮人の女衒、
支那人ピーには支那人の女衒
日本人ピーには日本人の女衒がついていて、
軍隊に必死に売り込んでいたそうです。
大日本帝国や帝国の軍隊が女性を拉致してきて
売春宿を作った訳ではなく、そんな事実も有りません。
日本人ピーは料金が高く、支那人ピーと朝鮮人ピーは、格安だったそうです。

同じことを行った中国は従軍慰安婦など一言もい一ません。 
沖縄戦の後、朝鮮人の女衒と中国人の女衒は、今度は
米軍に激しい売り込みを、行ったようです。
今も昔も、金になればいいという、民族的な考え方でしょう。

歴史(古代史)が好きで古代の百済地域や金海加也地域を
よく旅行をします。田舎に行けば行くほど
日本人が来たと言って、大騒ぎをして
歓待してくれ、また、大変親切にしてくれます。まさに
政治、マスコミの反日。国民の親日(憧れ?)を
思い知ります。


匿名 2012年9月3日 10:49

創氏改名については、引揚者だった親類に
聞いてみましたら、こう話してくれました。

「創氏改名は、戦争末期に行なわれていた。
知り合いの朝鮮人も、どうやって氏を
創ったらいいかわからずに悩んでいたので、
日本人が手助けして、日本風の氏を作って
いた。
朝鮮では三文字(金○○など)が多いが、
日本名は五文字が多い。
それで、朝鮮姓に漢字を一文字加えたり、
部首とつくりを分けて二文字にする
などしていた。(張は弓長など)

日本名は、朝鮮戸籍の姓名とは別の
通称名ではあったが、日本の氏名を
名乗らないと日本企業に就職できない
ことなどもあり、ほとんどの朝鮮人が
日本氏名を持った。
ただ、それが朝鮮の風習に
馴染まないこともあり、
嫌がる人も多かった」とのことでした。

私の親族でも、移民体験者は、
ほとんど亡くなってしまい、
残る少数者も高齢ですが、
その頃のことはよく話してくれます。


匿名 2012年9月23日 3:24

古本で明治期からの中国、琉球、ロシア、韓国のことを書いた古本があります。
A History of The Japanese People by Cap.F ,Brinkley.R.A
Baron Kikuchi

1912年に書いた本で当時の事がわかるかと思います。
日本で出版した本が信用されないなら 
その当時に海外で出版した本を探して、
(もちろん 全世界の人が日本に良い評価したとはおもいませんが)
今は資料を探して、もう一度さらに深く研究し、
話し合うことが必要なのではと思います。
(中韓は受け入れないかもしれないですが)
戦争時に自分はまだこの世にいなかったので、
「日本は悪くなかった」とか、言えません。
その頃の海外の新聞や 雑誌を読み自分なりに考えて行きたいと思います。ごく普通の主婦がここまで『日本について』考える事ができるようになったのは 中韓のおかげかもしれません。

私だけでなく 平和ぼけしていた多くの人達の目を覚ましてくれたのは こういった行動をしている人達がいるからでしょう。


匿名 2013年1月15日 7:23

慰安婦は人身売買。その上占領地域での現地女性の暴力的捕囚は史実である。これは完全な人権否定。ナチスの蛮行と全く同列。
No more excuses, please.

これに関与した日本に生まれた日本人というだけで、なぜこの史実に向き合うことが出来ないのか?おそらく村八分にでもなるという恐れからだろう。

歴史健忘症というのは国際世論が日本のcomfort women deniers & minimizers を皮肉った言い方であるのをご存知のはず。

Hazama Hisatake 2013年1月15日 7:59

まず、comfort women deniers(慰安婦の存在を否定する者)など日本にはいないという事実。次にcomfort women minimizersという言葉ですが、慰安婦システムを採用したのは日本だけではありません。それを日本に限定して論じることこそ慰安婦問題のminimizeですね。

その他の部分は、貴方も分かった上で言っているのでしょうから、イチイチ反論はしません。

シリカ太郎 2013年2月12日 23:11

俺の父親は大正十年生まれで九十二歳で存命中です。
昭和十七年前後に旭川の師団本部から北見の父親に
赤紙がきて招集され二年とすこし、もう少しで恩給が
ついたそうで、日本軍兵士として通信兵伍長として
小樽からアッツ島に向かう輸送船が米国の潜水艦の
魚雷により輸送船が撃沈され海に投げ出されるも運良く
浮木につかまり、かけつけた日本の駆逐艦に救助され
小樽に戻り、しばらくして終戦を迎えた。

何度か慰安婦について聞いたが確かに池田さんの話の感じで、
慰安婦は実家の仕送りがあったので利用しなかったそうです。
まあ、外地といえば北海道もそうですが中国大陸や南方のように
日本兵のための慰安所は父親の周辺ではなかったそうです。
小樽や旭川にも遊郭ならあったからそうなのかなと思うも
わかりません。

韓国でいうような慰安婦の虐待なんてしていたら
そもそも商売にならんだろと言ってますよ。
一人の慰安婦が相手をできる人数だって限りがありますよね。
慰安婦の雇用主の客の取り方にもよるのかもしれませんが、
俺と父親も、もう四十代後半と九十代なので話す内容に
タブーは無いので、日本軍について何でも聞くし
父親の知る限り、まあ、池田さんの話とそうかわらないね。
母親の実家は屯田兵として北海道に内地から入植し農家をしつつ
日清、日露戦争で招集されたらしいです。
そういうわけで、こういう慰安婦問題って気になるのです。


喪黒福造 2013年6月20日 4:16

私は50才過ぎなのですが、父方の叔母に会っていない人がいます。

祖母によって遊郭に売られたとのこと。

家族構成は男兄弟5人と女(叔母)一人の6人。イ・ヨンスと同じですね。祖父は早く亡くなっていたので、女手一人で6人の子を抱えた祖母の苦労はいかばかりだったろうかと思いますが、そのことで父は何かにつけ祖母を責めつづけていました。
「姉さんを売りやがって」
と。祖母がうちに居つかなかったのは、そのせいらしく、末弟にあたる叔父の家で亡くなりました。

叔母の話は親戚のなかでタブーでした。私がこのことを知ったのは、40才をすぎてからのことです。

叔母は遊郭に通っていた人と結婚し、その人は戦後、ラード(動物油)の搾油工場を持つ事業家になったので、子供二人をもうけて幸せに暮らしたとのことですが、苦労がたたったせいか早死にしてしまいました。私にとっていとこにあたる二人の兄弟は、もう70歳を過ぎているはずですが、若い頃から毎年、祖母も叔母も眠る墓への墓参を欠かしていません。

母方は代々農家のうえに祖父が電気工を兼業していたので戦中・戦後を通じて食べるものに困らず、祖父からみて前妻・後妻合わせて10人を超える子沢山なのに、誰もそのような立場にならずにすみました。

昭和恐慌から戦争、そして戦後の貧しい日本を生き抜いた人たちには、現代の我々など想像のできない苦労の連続だったと思います。三輪明宏の唄は、さほど昔のことではない日本の情景として受け止めて生きて行きたいものです。





匿名 2013年9月19日 8:27

ベルリン在住の学生です。
僕の友人がこの元慰安婦であったという方の講演会に足を運んでいたので話を聞いたところ、会場は満席で立ち見も出るくらいであり、韓国人やドイツ人だけでなく日本人も多く見受けられたとのことです。
正直ベルリンは土地柄リベラルな考えを持った人が多いと思うので、こういった女性の人権を盾にされてしまうと反論はできません。
またドイツ全体を考えても、ドイツ人は高校卒業までに嫌というほど自国の罪(主にホロコースト)について、これでもかと叩き込まれるため、慰安婦問題を否定、或いはなかったことにしようとしている(と言われている)日本を支持する人、助け船を出してくれる人はまずないと思います。
僕もベルリンで歴史のことについて話すことが何度かありましたが、僕の思う正しい歴史認識など全く相手にされません。史料や事実などは語るだけ無駄・・といった感じです。悔しいですが、土地柄かここに住んでいる日本人も反原発や自虐史観の方が(大変)多いです。
正直とても悔しいですが、一人の力では小さすぎて何もできないのが現状です。


Hiro 2014年1月25日 8:11

戦時中(1940年代)、上海において日本の病院で看護婦的な仕事をしていた祖母曰く、その病院から通りを挟んだところに売春宿があり、病院からよくその様子が見えたそうです。そこでは韓国人の「売春婦」が客待ちをし、そこを利用した日本人の兵隊さんが憲兵に良く怒られていた姿が目に入ったそうです。
祖母は「売春婦」という言葉を使っていました。しかし韓国の活動家の方たちにとってはその「売春婦」達は日本軍に強制連行されたかわいそうな性奴隷達なのでしょうね。


匿名 2014年8月7日 16:04

本当のことは、きっと何時か判ってもらえる、嘘は何時かばれる、日本人のメンタルの中に有りますよね。でも半島の人は、異なるメンタルをお持ちなのだと思いました。強制連行されない慰安婦は、普通の<売春婦>でも、朝鮮人が騙して、朝鮮人経営の売春宿で働かせても、当時、彼らは日本人なんだよね。
だから、やっぱり日本が悪いのかな?日本人の兵隊さんが彼女たちに慰められて、その命を終わらせたのも事実、兵隊さんと契った彼女らを悪くする事は私には出来ないな。


すぷー2015年4月4日 21:59

地政学者の奥山氏によると、政府主導で訂正を求めるのはアメリカ人に非常に嫌われるそうで、秦教授のように学者主導、民間主導でやる方がよいそうです。(中略)現在の日本は「事実の周知活動の不足」に加え「相手に嫌悪される方法」で対抗している状態のようで、これでは日本への同調者が増えないのも不思議ではないと思います。
相手が日本のことを分かってくれないだの汚いだの言う前に、自分たちのやり方を見直すことが先決ではないでしょうか。
「自分たちが真実だと思うものを示すだけで分かってくれるはず」「分からなければ相手がおかしいのだ」などという考えは捨てた方がいいと思います。
何が正しいのかと思うのは、飽くまでも相手側なのですから。


匿名と呼ばれた男 2015年11月25日 10:34

相当バカだな。
何って言ったっけ?
ハザマだっけ?

ろくに資料も知らないカスみたいなのが、知ったかぶり論てホント醜いよな。
吉見論説は、理路整然としており、穴が少なくほぼ正しい。

まあ、否定したい感情があるのは分かるが。

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